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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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「……何でここにいるの……?」

「それはこっちの台詞だ」

 二人の間に沈黙が流れる。が、その静寂は俺が堪え切れずに発した咳で破られた。

「……えっ、何で圭人怪我してるのっ?!」

 もう目を開けている余力も底を尽きそれぞれの気配と声だけを頼る。

「圭人っ」

「お前は先生呼んでこい!!」

「でもっ」

「いいからっ!!」

 そんなやりとりを耳元で聞く。泣きそうな大槻の声や、余裕のない翼さんの声。当の本人である俺は内心申し訳無いなと頭を下げつつも遠退く現実から意識を手放した。



 次に目を開けた時、一番初めに目に留まったのは見知らぬ真っ白な天井だった。

「……ん……」

 くぐもった声が耳に届いたのでそちらに目を向けると、そこには椅子に座ったままベットで突っ伏す兄の姿。

「……圭、人……?」

 寝ぼけ眼で起き上がり、呆けた様子で俺を見つめる兄。……だが次の瞬間。

「……っ?! 圭人っ!! 目が醒めたのかっ!?」

 先程までの半分閉じかけていた瞳は全開になり、ハッキリとした口調で急に立ち上がった。

「……兄、貴」

 発したはずの声はちゃんとした音になっておらず、まるで空気の抜けるような呼び掛けにしかならなかった。

「……っ、良かった……っ」

 そう呟くと見る見る内に彼の双方の瞳から溢れ出た水滴が頬を伝い零れ落ちていく。ガクンと頽れた彼は俺が目を醒ます前と同様にしてベットに顔を伏せた。ただ先刻と違うのは、洩れ出る嗚咽と掛け布団を力強く握り締める両手。それを目にすればどれだけ心配掛けてしまったのかが一目瞭然だった。

「……あら、圭人起きたの?」

 覆われたカーテンが開き現れたのは母だ。けれど彼女は兄と違い全く以って冷静だった。

「……母さん……」

 今度の声は少しマシだった。母は微笑して花が活けられた花瓶をサイドテーブルに置く。

「お兄ちゃんたら凄く心配してたのよ~? お医者様が何度も大丈夫だからって言ってるのに全然聞かないし……」

 苦笑を洩らしつつ兄の背を優しく擦る母。兄はされるがままにずっと顔を伏せた状態で一向に話そうとしない。

「ほらお兄ちゃん、だから大丈夫だって言ったでしょ?」

「……でも……」

「ん?」

「……そんなの……保証なんてなかったから……」

 普段では絶対に見せない弱々しい姿に俺は唖然とする他ない。ただ黙って二人の会話を眺めていた……が。

「大丈夫よ。……だって私が産んだ子だもの」

「いやそれ何の根拠もねーし!」

 掠れた声にも関わらず思いっ切りツッコミを入れてしまった。勢いで起こした身体が中々に痛い。だがその甲斐あってか兄は漸く顔を上げ、クスッと小さく笑い声を上げた。

「ナイスツッコミ!!」

「別に狙ってねーよ!!」

 グッと親指を立てた母に苛立ち混じりに激を飛ばしたが全く動じていない様子。まともなやり取りを早々に諦め再び身体を横たえて大きく息を吐くと母が身支度を始めた。

「さ、圭人も起きて元気そうだし、お父さんも仕事から帰って来るでしょうから私は帰って夜ご飯の仕度してくるわね」

 言われて時計を見れば成程七時を回っていて、そろそろ面会時間も終わる頃だった。

「お兄ちゃんは?」

「……僕はもう少ししてから帰ります」

「そう? じゃあ先帰ってるわね」

 安静にしてるのよ? と念押しされ仕方なしに「はいはい」と返事すればジトッとした目で返された。

「分かったって!!」

 そう言って追い出すように手を振るとぶつくさと文句を言いながらも母は病室を後にした。

 残された俺と兄の間に重い沈黙が落とされる。何を喋っていいのか分からず困惑していたら兄の方から先に話し掛けてきた。

「誰にやられたの?」

 単刀直入に訊かれたものだから反応が遅れる。誤魔化そうとしても逃れられないことは百も承知だった。

「……別のクラスにいる有名な不良グループの奴ら」

「接点は?」

「いや、ないけど」

「心当たりは?」

 根掘り葉掘り間髪入れずに訊いてこられて流石の俺も耳を塞いだ。

「もう止めろって!!」

「大事なことだから」

「俺は忘れたいんだよ!!」

「忘れられるわけないだろっ!!」

 耳に当てた両手を剥がされながら容赦無く突き付けられた現実。俺の見える世界が滲んでいく。

「いい加減にしろよっ!! もういいって!! 俺のことは放っといてくれっ!!」

 掴まれた手を強引に振り払い布団を被って全てを遮断する。それ以降兄は何もして来なかった。

「……ごめん。圭人の気持ち、蔑ろにして」

「…………」

「……もう訊かないから。ホントにごめんね」

 何度も謝罪の言葉を告げ、暫くしたら彼の足音が遠退いていった。

「……また来るから」

 そう言い残し、扉の閉まる音がした。

「…………っ」

 誰も居なくなった部屋は酷く閑散としていてそれが余計に俺の心情を揺さぶる。やり場のない怒りや悔しさや憎しみや哀しみがごった返している胸の内を瞳から流れる水滴に変え、俺は一頻り泣き続けた……






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