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「……こら圭人っ!! いつまで寝てるのっ!!」
夢現に揺蕩う意識がその甲高い声で一気に現実へと引き戻され、俺はこれ以上ないぐらいに顔を顰めて布団を頭から被った。が、それも虚しく一瞬で引き剥がされてしまう。
「いい加減にしなさい!! 遅刻して困るのは貴方でしょ!!」
「……〜っ、んだよ……」
仕方なく起き上がり暫くぼーっとしていると声の主ーー言わずもがな母だがーーによりカーテンが引かれ、暖かな陽射しが差し込んできた。眩しさに目を細めつつ外の景色を見遣れば、空は昨日の荒れた天候が嘘のように晴れ渡っていた。
「お兄ちゃんは先に出たわよ!! 貴方も早く朝ご飯食べて学校行きなさい!!」
……よくもまぁ朝からそんなに声が出るもんだ。
そう心の中だけでぼやき、表面上無言で頷くと母は呆れたような溜息を残して部屋を出て行った。
「……はぁ」
俺もまた溜息を落とす。
あー……憂鬱だ。
「……あっ! 圭人!!」
登校するなりそう名を呼んで駆け寄ってきたのは大槻だ。というか元より大槻ぐらいしか俺の傍に来てくれる人間はいないのだが……
「おはよう!」
相変わらず愛らしく映る笑顔で挨拶されれば自然と「おはよう」が出てくるのだから不思議なものだろう。彼女の魅力の一つだ。
「良かったー。来なかったらどうしようかと思ってたの」
途端に眉を下げ複雑な表情をされる。俺は僅かな沈黙の後苦笑を洩らしつつ言葉を返した。
「心配してくれてありがとな。でも、大丈夫だから」
『お前がいるし』。
なんて照れ臭くてその一節だけは胸の奥にしまい込む。
「……そう。なら安心した!」
再び彼女の顔に笑みが戻る。その時彼女が別のクラスメイトに呼ばれそちらに目を向けた。
「行って来いよ」
「あ……うん」
また後でね、と手を振って俺から離れていく彼女。それと同じくして今度は俺が別のクラスメイトから呼び出される。……その呼び掛けは彼女
のそれとは相反して、明らかに嫌な予感を漂わせるもので。
「おい大崎」
「……え?」
「お前だよ。ちょっと顔貸せ」
そう言って顎で指示される。渋々廊下に出ればそこには数人が集まっていて、面子も所謂やんちゃな人間ばかりだった。
あー、これは覚悟しないといけないやつだな……と何故か他人事みたいに現状を受け止めて彼らの後をついて行った。
「お前調子乗ってんじゃねーぞ!!」
授業中ならまず人の通らない校舎裏。案の定俺は多勢に無勢で袋叩きに遭っていた。
「大槻と付き合うとか身の程知れっつーんだよ!!」
「つーかお前虐められてんの解ってねーの?!」
『言われなくても解ってるよ』。そう返してやりたいが如何せん腹部を蹴られているので言葉が出ない。口から出るのは蛙が潰れたような呻き声と咳と共に吐き出される鮮血。流石にこのままだと命に関わるかもしれないと床に散った赤を目に入れながら思う。けれど抵抗する余力はないしここで抗ってもまた同じことが繰り返されるなら……と考えたら何だか全てを投げ打ちたくなった。
その時、耳に届いた聞き慣れた声。
「お前ら!! 何してんだっ!!」
「おいやべぇぞ……!!」
「逃げろっ」
その声に敏感に反応を示した彼らの足音が次第に遠ざかっていく。そのすぐ後に身体が地面から浮いた。誰かに支えられて起こされたんだと朦朧とする意識の中理解すれば僅かに残る力を振り絞って薄っすら目を開ける。そこには予想を裏切ることなく翼さんがいて。
「おい! 大丈夫かっ?!」
彼の切羽詰まった声なんて初めて聞いた。大丈夫だと気休めでも伝えたいが出てくるのは噎せ返るような酷い咳だけ。
「ちょっと待ってろ!! 先生呼んでくるから!!」
先生って兄貴のこと……? それなら遠慮したい。これ以上大事にしたくない。恥を晒したくない。
「待……て……」
彼の服の袖を掴むと同時に彼が目を見開いた。
「……お前……」
視線の先を辿る。
朧気な視界に映ったのはーーーー
「……お兄ちゃん、何で……?」
ーーーー呆然として立ち尽くす大槻の姿だった。




