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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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「じゃ、俺行くわ」

 強引に引き止めてきたものの去り際は何ともあっさりな言葉に俺の張り詰めていた緊張の糸は一気に解け脱力した。そんな俺とは打って変わり、彼の表情は清々しい様相を醸し出していて。

「……付き合わせて悪かったな」

 バツが悪そうに視線を逸らしてくるものだから咄嗟に、

「そういう時は『ありがとう』ですよ」

 なんて間髪入れずに笑いを含んだ返し方をしたら彼は呆気に取られた顔をして、ともすれば額にデコピンが飛んできた。

「調子乗んなバーカ」

 響きは割と険のある物言いだがその表情は至って穏やかだ。大槻のことを話せたことで彼なりに少しは気が晴れたのだろうか。それから彼はヒラヒラと後ろ手に振って公園を後にした。

「……不思議な人だな」

 兄ほどではないが彼も大概掴み所がないな、などと思い巡らせながらゆっくりと立ち上がり背伸びをする。無邪気な子供達の笑い声はいつの間にか止んでいて、辺りを見渡せばここにいるのは自分一人だけになっていた。

「……俺も帰ろ」

 静寂の中で一人佇んでいると心が折れそうだ。そんな思いを払拭し足早に家路へと歩を進めていった……



「ただいまー……」

 日課通り帰宅を告げる声を上げたが返ってくる声はない。そういえば母は午前中パートに出ているんだったと気付き自分が早退してきたことをここにきて漸く思い知らされる。

「……とりあえず寝よ」

 自室へと続く階段を上がり扉を開ける。開けっ放しのカーテンが窓から入る日差しを遠慮なく受け入れていた為部屋の中は光に包まれていてそれが更に眠気を誘う。

「……疲れた……」

 うつ伏せになる体勢でベットに飛び込めば意図せず本音が洩れる。家を出てからさして時間も経っていないというのに密度が濃過ぎて通常より倍の労力を使ったように思う。決して嫌なことばかりではなかったが、やはり一番に思い浮かぶのは嫌がらせを受けた事実で。

「一体誰なんだよ……」

 恨まれるような事象を起こしただろうか。いや、そもそも何も起こせていないのが現状だと把握している。だから未だに友達の一人すらいないし、大槻とも本音で話せている気がしない。それは兄に対しても、だ。兄こそ何を考えているか解らない。人間関係全てに於いて中途半端な状態であることは明白だった。

「……面倒くさい……」

 何故こんなに他人との関わりを気にしないといけないのだろう、なんて後ろ向きな考えばかりを交錯させつつ俺は気付けば深い眠りに落ちていった。



「…………と、……圭人」

「…………っ?」

 目を擦りながら自分の名を呼ぶ人物へと焦点を合わせていくと、そこにはホッとした様子で笑い掛けてくる兄がいた。

「おはよう圭人」

「おは……よう?」

 無意識でそう返してみたが、窓の外に目を向ければ景色はどっぷりと闇に染まっている。起き抜けな所為で時間の感覚が麻痺してしまって今がどういう状況なのか理解するのに時間を要した。

「……えっ、と?」

「よく寝てたね。もしかして帰って来てからずっと寝てた?」

 そう訊かれて思い起こしていけば今日の出来事が薄らぼんやりと蘇ってきた。

 あ、そうか。俺早退して帰って来てから寝落ちたんだ。

「……って、いくら何でも寝過ぎだろ?!」

 意識が覚醒した途端ガバッと身を起こし再度外へと視線を移す。だが何度見ても外は闇を纏ったまま物の輪郭さえ朧気だ。

「よく寝てたんだな。由紀さんがご飯出来たって」

「……あぁ」

 何らいつもと変わらない声の調子とその微笑。けれど何故か言いようのない違和感を伴う。

「なぁ兄貴」

「ん?」

「……その、何か……変わったこと、あった?」

 俺の帰宅後、皆がどうしていたのかが急に気になって恐る恐る疑問を口にする。……こんなことを訊いたところで誰も気に留めたりしていなかっただろうことは解り切っているけれど。

「何もないよ」

 返答は躊躇いないものだった。全く持って容赦がない現実を彼は笑顔で突きつける。その静かな声がやけに響いて聞こえ、挙句何故だか無性に胸がざわめいた。時が止まったみたいに動けなくなる。遠くで不穏な重低音が鳴り、やがてサァー……と微かに天井を叩く音。

「……本当、に?」

 ぎこちなく動く唇。筋肉が固まったみたいに自然な表情を保てない。どんどんと近付いてくる、雷鳴。

「……信じられない?」

 暗闇に包まれた空間で、束の間の光に照らされた兄の顔はまるで彫刻されたような笑みが浮かべられていて。

 その瞬間、俺は背筋に冷たいものが伝うのを感じた。と同時に、地面が割れんばかりの轟きが耳を支配した。

「…………っ!!」

 吃驚して思わず目と耳を塞ぎ身を縮こまらせる。

「……あらら、あれは絶対どこかに落ちたなー。それに今のすっごい稲光だったよ。圭人は後ろ向いてたから分かんなかっただろうけど」

 薄目を開けると全く動じていない様子の兄が視界に映る。彼は外の景色を眺めつつ何か言葉を呟き渋い顔をしていた。なんて強靭な精神力なんだ、と些か感心してそっと両手を解放する。

「それよりもご飯! 折角由紀さんが出来立てを作ってくれてるんだから早く食べに行かないと!」

 そう言って強引に俺の腕を掴み立たせようとする。その顔には先程のような作り物の笑顔は張り付いておらず、普段通り人当たりの良い微笑を携えている。

「……あぁ」

 腑に落ちない気持ちを持て余しながらも俺は兄に従い共に部屋を出ていく。


 扉を閉める寸前、遠くでまた一つ雷鳴が轟き閃光が走った。

 





 


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