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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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 足取り重く帰路を辿っている途中、俺とは逆方向に足取りを進める同じ制服の人物に出会った。目を凝らしてみればその人物は見知った人物で。

「……あれ、何だよお前。サボり?」

 ふと俯いていた顔を上げて俺の存在に気付いた彼ーー翼さんは一瞬目を丸くしつつも次の瞬間にはニヤニヤしながら何やら嬉しそうにそう声を掛けてきた。

「……違いますよ」

「だろうな」

 そう答えると算段をつけていたかのように即答で納得の言葉を投げてきた。途端にまじまじと俺の顔を見つつ訝しげに眉を寄せる。

「じゃあ何でこんな時間に帰ろうとしてるんだよ」

 真剣な眼差しと声色に言葉が詰まる。『校内で虐めを受けて過保護な先生あにに強制帰宅を命じられました』なんて情けなくて言えるわけがない。

「……体調が優れなかったので早退したんです」

 当たり障りのない理由を付けて誤魔化すが納得はしていない顔だ。だが多少その表情を歪めたところで端整な顔立ちには違いないのだから羨ましいと共に妬ましくなる。

「ま、そういうことにしといてやるからちょっと付き合え」

「……はい?」

 いや、表向き病人なんですけど。

 そう心の内で突っ込むも口には出せず視線を彷徨わせている間に腕を取られた。

「そんな長い時間連れ回したりしねーから」

 そう告げ有無を言わせず俺を引っ張って歩みを進めようとする彼。この様子だと俺が嘘を吐いているのはお見通しなのだろう。仕方無く為すがままになっていると行き着いたのは小さな公園だった。

「……ここでいっか」

 独りごちてベンチに座り僕にも促す。それに倣って隣に座れば彼はふと天を仰いだ。

「あー、良い天気だなー」

 絶好のお出掛け日和ってやつだなー、とアクビをしながら告げてくる。本来なら学校で授業を受けている時間なので出掛けるも何もあったものではないが。

「……何か用があったんじゃないんですか?」

 単刀直入に尋ねると彼は此方を一瞥してから視線を伏せた。

「……お前さ、」

 漸くその重い口を開いてくれたのにも拘らず、まだ保育園児にも満たないであろう子供が二人、母親と一緒に公園へとやって来て嬉しそうなはしゃぎ声を上げた。なんとタイミングの悪いことか。そのせいで彼の言葉が必然的に途切れてしまい出鼻を挫かれた俺はがっくりと肩を落とした。

「……楽しそうだな」

 不意に落とされた呟き。横目で彼の顔を垣間見れば今までに見たことない優しい表情をしていて密かに驚きを感じていた。

「子供、好きなんですか?」

「は? いや、そんなことない……と思うけど、何で?」

「え、だって今凄く良い顔をされてたので……」

 正直にそう答えれば彼は面食らったように目を見開いた。

「そんな顔してたか?」

「してましたよ」

 遠くで子供達の可愛らしい声が聴こえる。その心地良い響きを耳にしながら次の言葉を待てば、彼は照れた仕草で髪を掻き視線を泳がせた。

「……もしそう見えたんなら、多分それは子供が好きだからとかじゃなくて……昔を思い出してたからだと思うわ」

 どういうことなのか。詳しく掘り下げてみたい衝動に駆られたが、彼の目を見たらその思いは一瞬にして霧散した。切なさを宿した瞳は微かに揺らぎ、笑った筈の笑みは苦しげに歪められていたからだ。

「……あ、そうだ。今日も弁当あるんだろっ?」

「へ?」

 突然話題が変わり呆気に取られる。その隙に鞄の中を勝手に探られてしまい慌てて彼の手を掴もうとしたが力の差が歴然でその努力は無駄に終わる。

「おっ、弁当見ーっけ」

「ちょっと! 勝手に出さないで下さ……って何食べようとしてるんですか?!」

 俺の許可なく、けれど律儀に「いただきます」の挨拶はして弁当に手を付ける翼さん。

 全く何を考えているんだこの人は!

「やっぱ美味いわお前の弁当」

「そう言って貰えるのはありがたいし母もきっと喜ぶでしょうけど何勝手に食べちゃってるんですかっ!!」

 一息で捲し立てればケラケラと愉しげな笑い声を上げる彼。だが弁当を持つ手は一向に放す気配がない。

「いいじゃん! いつも作って貰ってるんだろっ?」

「そうですけど……」

 これ以上は無駄な足掻きだと判断し諦めて戦線離脱した。どうせもう帰るんだしいいか、と自分に言い聞かせて項垂れるとポンポンッと肩を叩かれる。

「美味かったわ。ごちそーさん」

 見れば箱の中身は綺麗サッパリ空になっていて逆に感心してしまう程だった。

「早っ!! お腹空いてたんですかっ?」

「いや? 朝飯は食ってきたけど」

 ならどうして食べたんだと思わずツッコミそうになったが寸でで口元を抑え阻止した。

「……悪いな。懐かしい味だなーって思ったら止まんなかった」

 どうやら多少の罪悪感は感じていたらしい。そう言葉にされてしまえば返答に困ってしまう。

「俺ん家両親共に子供の頃に亡くしててさ。爺ちゃんと婆ちゃんに育てて貰ってたんだけど、二人もそれぞれ数年前に死んじまったから今はもう家庭の味に触れられないんだよな」

 遠くを見つめるその瞳には先程の子供達とその二人を優しく見守る母親の姿。

 あぁ、そっか。邂逅してたんだ。

 腑に落ちて、泣きそうになった。

 自分がどれだけ恵まれていたのかなんて、今まで気付けてなかった。

「……妹さ、」

「え?」

「向き合う覚悟があるなら……見捨てないでやって」

 そう言った彼の表情は苦渋に満ちていて。

「……妹のこと、好きなんだよな?」

 じっと凝視する眼差しは真っ直ぐに俺を射抜いてきて一瞬たじろぐ。けれど同時に本気が窺い知れてその瞳を逸らすことは憚られた。

「好きです。……初めはただ揶揄われてるだけだと思って半信半疑でしたけど、今は彼女を信じてます」

 目を逸らすことなく揺るぎない決心を言葉にすればフッと笑みを洩らす彼。

「……じゃあ頼む。『「近付くな」って言ったり「見捨てないでくれ」って言ったりどっちなんだよ!』って思われてるかもしんないけど、あいつ一筋縄ではいかない捻くれ者でどうしようもないからさ……ホントは諦めかけてたんだ……でもお前がその気で向き合ってくれるなら、もう一度だけ……期待しても、いいか?」

 言葉の意図が掴めず疑問符が浮かぶ。でも何かがあるのは明白で。その真意を知らぬまま蔑ろに返答は出来ない。正直、迷いが生じる。……だが彼女には感謝しているのだ。潰れそうになった俺を引き上げてくれたこと。だから。

「……はい」

 沈黙の後、俺ははっきりとそう告げた。それを聞いた彼の表情は、後にも先にも見ることはなかった。







 



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