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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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「……なーんてね」

 次の瞬間にはなんの澱みもない平常通りの笑みがそこにあった。

「嘘だよ。あ、嘘って言うのは『どうだろうね』って言って思わせぶりな態度をとったことが嘘であって話の内容は嘘じゃないよ?」

「……〜っ、紛らわしいっつーの!!」

 思わず感情のままに荒々しく言葉を吐き出せば隣で大槻が笑い出す。

「なぁんだ、圭人って意外と先生の前ではそんな感じなんだねー」

「そんな感じって?」

「凄く話しやすい感じ! 今までちょーっと壁感じてたけど圭人のそういう一面見たらもっと打ち解けられそうだなって!」

 相変わらずニコニコと無邪気な笑顔を振り撒きながら話す大槻。そんな彼女に魅せられた男性客の視線が幾らばかりか此方に集中しているような錯覚さえ覚えるのは気のせいなのだろうか。そう考えを巡らせている間に兄が真面目な顔をして大槻に問い掛けた。

「ねぇ大槻さん」

「……? はい」

「大槻さんは圭人のことどう思ってるの?」

「……っ?! ゲホッゴホッ……っ、はっ!?」

 口に含んでいたオレンジジュースを寸でで噴き出さなかった俺を褒めてほしいものだ。そのせいで関係ない器官に入ってしまい苦しい思いをする羽目になったが。

「いや、だってこの前教室で公開告白してたよね?」

「違うっつーの!! あれは」

『兄貴と俺の二人のどちらかを選ぶならっていう例え話であって!』

 そう続けようとしたら大槻も誤解を解こうと気が急いてか言葉を被せてきた。

「そうです」

「だよな?!」

「私圭人が好きなので公開告白しました」

「……はぁぁぁっ!?」

 頭がついていかず無意識に席を立って声を上げた。ら、周りから不快極まりない顔をされたので慌てて座る。

「こら圭人。折角大槻さんが想いを伝えてくれてるのにその反応はないだろ? それに周りの方にも迷惑掛けて……」

「いやいやいやいや、冗談だよな? な?」

 俺は彼女に詰め寄った。すると大槻ははにかんだような顔をして、言ったのだ。

「本気だよ?」

 どう考えても揶揄されてるとしか思えなくて頭を抱える。けれど万に一つの可能性として、これが本気だと言うならば……俺の答えはもう決まっていた。

「圭人、ちゃんと返事」

「え……」

 なんでこんなお互いの兄同士がいるお見合いみたいな状態で告白を受け尚且つその場で返事しなければならないのか。とんだ辱めを受けてるとしか思えない。などと葛藤が入り乱れてはいたが、それを全部呑み込んで、答えなければいけない言葉だけを紡いだ。



 ーーーー俺も、好きです



 もう彼女の顔もまともに見れなくて、ただ両手を膝の上で強く握り締めたまま俯いた。やたらと顔が熱いのは空調のせいなんかじゃないだろう。

「良かったね圭人。愛想尽かされないように精進するんだよ?」

 意地の悪い笑みを携えて激励なのか嫌味なのか判断し難い忠告をされ俺は思わず兄を睨み付けた。が、顔を真っ赤にしている人間に睨まれたところで何の凄みも感じないことは彼を見れば一目瞭然で、俺は悔しさと苦さを嚥下するしかなかった。

「……さ、そろそろライブ始まるし行こうぜ」

 それまで全く口を挟まなかった翼さんが時計を気にしながら席を立つ。彼は一連のやり取りを一体どう思ったのだろうか。彼の後ろ姿を見つめて考えあぐねてみても俺には理解出来ない次元だ。そう思って隣に視線を向けると絶妙なタイミングで兄と目が合った。

「……? どうした?」

「……何でもない」

 兄なら解るのだろうか。自分のきょうだいが、他人と違う絆で結ばれていく気持ちが。そんな彼の、物哀しげな気持ちが。

「……待てよ、それって……」

『何だか自分が兄にとって必要不可欠みたいな考え方じゃ……?』

 そう思い至ると酷く滑稽に思えて唖然としてしまう。

「圭人、行こう?」

 突如大槻に腕を取られ、強引な程に引っ張っていかれたことによって余計な思考が霧散する。その行為が嫌じゃなかったから抵抗もしなかった。チラッと兄と翼さんの動向を窺うと彼らは彼らで何やら言葉を交わし合っていて、それを目にした瞬間どこかホッとしている自分がいた。それにしても二人は何を話しているのだろうか。

「精算済ませておいたから早くおいで」

 兄が器用に松葉杖に凭れながら手招きする。彼はどうとも思ってないのだろうが俺はその危なっかしい行動が見過ごせず大槻の手をやんわりと離して兄の元へと駆け寄り説教した。

「それ危ないから止めろ! また怪我したらどうすんだ!!」

「……すんごい怒るじゃん。……ごめんなさい」

 素直に頭を下げる兄を見た翼さんが今日一番いい顔をして噴き出した。

「お母さんと子供みたいだな」

 逆転してんじゃん、と指差して笑うものだから恥ずかしくなって明後日の方向を向いた。そしてその羞恥心を隠す為……というのは建前かもしれないが、隣に並んだ大槻の手を取ってズンズン先を行く。

「え……っと、圭人っ?」

「ちょっと待ってって!」

 隣で戸惑ったような大槻の声と、背後で兄の慌てた声が飛ぶ。後ろは振り返らずとも歩調を緩めてはいたので問題ないだろうと高を括り歩を進める。そうこうしていたらすぐにライブ会場前に着いた。すると大槻が閃いた顔をして立ち止まり、俺の手を引く。

「そうだ! 写真撮ろうよ!!」

「は?」

「記念に!」

 何のだよ、と喉まで出掛かって止める。それを言えば墓穴だと瞬時に察した。

「じゃあ僕が撮ってあげるよ」

「いや、俺が撮ってやるよ」

 兄と翼さんがお互いに気を回してそう声を掛けてくれたのだが、そんな二人の気遣いも虚しく大槻は全然関係のない人に声を掛けていた。

「大槻?」

「すみません、写真とって頂いても構いませんか?」

 そう言って同じくライブを観に来たであろう男性ファンにカメラを渡している。流石は大槻。カメラを渡された男性は快くカメラを構えてくれた。

「じゃあ撮りますよー」

「ほら! 圭人もお兄ちゃんも先生みたいに笑って!!」

「……兄貴みたいに笑ったら不気味過ぎだろ」

「え、待って。それって暗に俺が不気味だって言ってる?」

 他愛ない会話を交わしつつカメラに目線を合わせる。けれど笑顔を作るというのは俺にはどうにも至難の業で、どうやら翼さんも俺と同じ部類らしく表情が堅かった。

「では笑って下さいねー、はい、チーズ!」

 それを合図に、シャッター音が鳴った。



 その写真に笑顔は残らなかったけれど、この日確かに俺の心は一番穏やかな笑顔を象ったような日になったのだ。



 もう二度と戻らないこの日が、俺にとって一番のーーーー







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