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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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「……あ、ここだ」

 スマホのナビを頼りに歩いて行けば案外あっさりと目的の場所へ辿り着いてしまい、俺は拍子抜けした。何故なら道に迷うことを想定して通常三十分で済むところを倍の一時間で算段していたのだ。ところが蓋を開ければ三十分どころか二十分で到着してしまった。

「思ったより早く着いたね」

「早く着き過ぎだろ」

 開場時間まであと四十分。開演時間までは更にその後一時間もある。

「どうしようか」

 兄が眉を下げて問うてくる。俺はチラリと兄の様子を盗み見るように視線だけを動かした。口調は至って普通だが、松葉杖をつくその姿はやはり楽ではないようで、僅かに顔が強張っている気がする。

「……腹減ったからどっかで飯食いたい」

 ちょうど近くに喫茶店があったのを思い出しそれとなく話題を出してみれば兄もそれを覚えていたのか、

「あ、じゃあさっき通った道沿いに喫茶店があったから行こうか。そこだったらすぐ会場にも戻って来れるし」

 と思惑通りの台詞が返ってきた。

「じゃあそれで」

 誘導作戦は成功だ。我ながら策士だと思う。……と言うか俺が素直になればいいだけの話だが。だけどもし俺が気遣う素振りを見せたなら、揶揄されるのがオチなんじゃないかと疑心暗鬼になっているからそうなれない。自分が本気を見せれば呆気無く冗談で返される。それが無性に腹立たしく感じてしまうから。

「じゃあ」

 行こうか、と続けようとしただろう兄の言葉が何故か急に途切れた。最悪の事態を予感した俺は動揺を隠せず兄の方に身体を向けた……のだが。

「あれ? 先生……と、圭人?」

 ……俺の想像の範疇を超え、それを遥かに逸脱した思わぬ事態に発展した。あまりにも想定外過ぎる。予想以上の間の悪さに俺は頭を抱えた。

「何でここにいるんだよ」

 そう訊いたのは俺でも兄でもない。大槻の隣に立つ人物、彼女の兄の翼さんだ。

「あー、えっと、実は僕達ライトオブナイトのライブを観に来たんだよ」

 兄が事情を説明すれば大槻の顔色が明らかに変わり前のめりになって言葉を紡ぎ出した。

「ライナ好きなんですかっ?!」

「え、あ、うん」

「じゃあ一緒ですね!」

 瞳を輝々とさせて言うあたり彼女もファンなのだろうか。……多分そうだ。両手に下げられた荷物ーーグッズを大量に買ったと丸分かりだーーを見て察した。

「でもホントに偶然ですよね! あ、まだ時間もありますし折角だから一緒にご飯でも食べませんか? ライナのこと語り合いたいですし!」

 見るからに彼女はこの上ない名案だと思っているに違いない。だが俺にしてみればいい迷惑だ。ただでさえ思考の読めない怪我人に四苦八苦しているというのに、更に厄介な人物を、しかも二人も抱えられるか!

「俺パス」

 そう言ったのは俺、ではない。翼さんだった。まさに俺の台詞を代弁してくれたかのように思えて感極まる。

「何でよ!」

 すかさず大槻が反論の意を唱えるが翼さんはチラッとこちらを一瞥して溜息混じりに答えた。

「先生達だってプライベートで楽しむために来てんだから余計なことすんな」

「余計なことって何よ……お兄ちゃんて何でそう私に冷たくするの?」

 大槻の声のトーンが落とされ周りの空気が張り詰めたものになる。こういう雰囲気は嫌いだ。特に俺は幼少期にこういう淀んだ空気に当てられていたから記憶には無くとも心のどこかでトラウマになってるらしい。だからいつも空気が変わる瞬間には敏感に反応してしまう。身体が強張り、身動き出来なくなる。

「……圭人? 大丈夫?」

 兄が俺の様子を察して声を掛けてくる。ふと視線を上げると心配そうに覗き込んでくる兄と目が合った。

「……大丈夫。腹減っただけ」

 多分誤魔化せてはいないだろうが怪我人に心配を掛けるわけにはいかないと俺の精一杯の強がりを言葉に乗せる。そんな会話を二人でしている間も大槻兄妹の一触即発な空気感は変わらない。

「……僕達は近くにある喫茶店に行くけど、君達も一緒に行く?」

 兄の思い掛けない発言に俺は目を見開いた。大槻のお兄さんも唖然としている。ただ大槻だけが喜びを露わに満面の笑みを浮かべていた。

「行きます!」

「そう。じゃあ行こうか」

 二人して淡々と話を進め、気付けば既にライナの話で盛り上がりながら先に行ってしまう。置いて行かれる形になった俺と翼さんはほぼ同時に顔を見合わせていた。

「……どうしますか?」

「どうするも何も、ついて行くしかねぇだろ」

 かなり虫の居所が悪いらしくチッと舌打ちをして彼もまた二人の後ろをダルそうに追っていく。取り残された俺は呆然と彼らの後ろ姿を見つめていたのだが、やがて兄がこちらを振り返った。

「圭人ー! 早くおいでー!」

 まるで子供扱いするかのような物言いに少しばかり苛立ちを覚えつつ「分かってるよ!」と半ば投げやりに返して彼らの元へと駆けていった。




 



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