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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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 よくよく話を聞いてみればなんてことはない。実はライナのライブチケットが当選していたらしく、それなのに階段から落ちて入院する運びになったというわけで……。

「で?」

「……えーと、やっぱり日が差し迫ってくると焦ってくるだろ? そしたら早く退院しないと……って思って」

「それで痛いのも我慢してたって?」

 仁王立ちで腕を組み、般若のように眉間に皺を寄せて凄めば流石の兄もアハハハ、と引き攣った顔で乾いた笑みを溢す。俺が怒りに慄いているのを知って自然な笑みを取り繕うことが出来なかったのだろう。だがそれに気付いたところで許すつもりは一ミリもない。

「……俺は別にいい。けどそんなことで母さんや担当の医師せんせいまで巻き込んでいいと思ってんのか? お前の我儘に振り回されるこっちの身にもなってみろよ」

「いやいやそんなことって! 圭人も知ってるだろっ? ライナのライブチケットなんて滅多に取れないんだし」

「兄貴っ!!」

 兄の前に置かれたテーブルを力任せに叩いた。バンッと盛大に空気を揺らした音が耳を劈く。

「……ごめん」

 俺が話し始める前に兄が殊勝にも謝罪の言葉を告げてきた。意外な展開に二の句を続けられなくなる。

「由紀さんやセンセイに迷惑掛けてるのは解ってるよ。でも俺にはこれしか思い付かなかったんだ……圭人と、仲直りする方法」

「……え?」

 思わず自分の耳を疑った。彼は今、なんと言った?

「仲、直り……?」

「……最近、嫌な思いしかさせてなかったから。それで圭人に喜んで貰える方法考えたらこれしかないなって……ライナ、まだ、好きだろ?」

「…………」

『何だよそれ……』

 心の呟きが頭の中で反響する。今までずっと「ライブに行きたい」という自身の欲求だけで駄々を捏ねてると思っていた。それなのに、まさか俺が絡んでるなんて、そんなの。

「反則だろ……」

「え?」

「俺の都合も考えろよ。もし俺に予定があったらどうしてたんだ」

「まぁ、その時はその時かな」

 ヘラ、とだらしのない顔をして笑う。いつもは真意が読めず苛立ちを覚えるそれも、今は呆れとほんの少しの情愛が感情の大半を占める。

「……呆れて言葉も出ないっつの」

 素直になれない俺はつっけんどんにそう溢し明後日の方向を向いた。

「あはは……」

「でも、」

 ーーーー俺も、悪かった。

「……え? 今なんて」

「……〜っ、何も言ってねーよ!!」

 精一杯の純粋さを表に出せば羞恥心に耐えられず病室を飛び出した。顔に集まった熱を両手に感じながらその流れで顔を覆う。

「……馬鹿か俺は」

 廊下の端、力の抜けた膝を折って床に座り込み一人悶絶していると、

「圭人、あなたこんなとこで何やってるの……」

 手続きを終えた母が不可思議なものを発見したような表情をして俺の前に現れた。

「何、お兄ちゃんと何かあった?」

「……あいつが、ライブ行きたいとか言う」

「ちょっと、一体何の話?」

 増々訳が分からないという顔をした母に歪曲して内容を伝えた俺は、後に兄が説教される姿を見て仕返しとばかりにほくそ笑んだ。



 兄が退院してから三日後のライブ当日。俺と兄は揃ってリビングにいた。

「いい? 絶対に無理はしないこと。痛みが再発したらライブの途中であってもすぐに病院に行くこと。その時は勿論圭人も付き添うこと。ライブが終わったらすぐ帰ってくること。解った?」

 人差し指を立てて毎度毎度念押しされ続けたその台詞を今日も述べると、兄は文句一つ言わず黙ってその全てを受け入れた。対して俺はその耳にタコのような定型文にうんざりし、今では適当に聞き流していた。

「ちょっと圭人! ちゃんと聞いてるの?!」

「聞いてる聞いてる」

「聞いてないでしょ! また携帯触って!!」

 確かに俺は携帯を弄って話半分で耳を傾けている。その為母の逆鱗に触れてしまった。が、別にどうでもいいことをしていたわけではない。今から乗る電車時刻を調べたり、帰りの電車の混雑状況を考察して帰る時に呼ぶタクシーの番号を調べて登録したり。母は知る由もないだろうが俺はこう見えて石橋は叩いて渡る慎重派なのだ。

「大丈夫だよ由紀さん。圭人は意外とちゃんとしてるから。どちらかと言えば僕の方が頼りないかもしれない……なんてね」

 微笑みを携え一瞥してくる兄。その仕草がまるで全部見抜いていますと云わんばかりのものだったので、何となく居心地が悪くなる。

「……ホントあなた達は仲が良いのか悪いのかよく分からないわね」

 溜息と共にそう吐き出して母は夕飯の準備へと戻っていく。俺達は偶然にも声を揃えて「行ってきます」とその母の後ろ姿に声を掛けて家を出た。






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