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ピコンッ
「……っ」
突如鳴り響いた携帯の音で俺の意識は浮上した。どうやら転寝をしてしまっていたようだ。何度か瞬きを繰り返すことで頭を覚醒させ、自分の置かれた現状を把握する。
「……あぁ、そうか……」
そういえば携帯を放り出したな、と思い出してその在処を探る。
「……あった」
そのままメッセージを確認すると『もしかして、気に障ることを訊いてしまいましたか……?』という文章が記されていて、その時漸く脳がそこに至った経緯に辿り着く。
「……それでかよ」
おかげで先程の夢の内容までもが思い出されてしまい鬱々とした。が、ダルマは無知で質問しているのだからと自分を諭してメッセージの返信ボタンを押す。
「『返事遅くなってごめん。ライナ繋がりの人だったよね。……いたよ。前までは』」
気持ちは相変わらず沈んではいるが、今度は文字を打つ手は震えなかった。夢で過去を振り返ったせいか、逆に思考は平静を保っていた。
「当時はこんなに平常心ではいられなかったのに」
呟きを一つ落とすと共にメッセージを送信して今度は写真フォルダを開く。そこに写ったのは……
「……楽しかったのにな」
そこに写ったのは、満面の笑みを携えた兄と大槻、そしてそっぽを向く大槻の兄の翼さんと、仏頂面の俺。背後にはライブハウスの会場が写る。
この写真一枚では到底知り得ないだろう。俺がどれだけこの一日を満喫していたかなんて。この写真に写る仏頂面の俺が、本当は誰よりも一番楽しんでいただなんて。
※※※
兄が入院してから一週間が経った。
端的に言うと彼は無事に退院した……『無事に』という面に関しては多少語弊があるかもしれないが。何故なら腕に巻かれた包帯は未だ取れていないし、片足はギブスで固定されているままだからだ。当分は松葉杖での生活を余儀なくされるだろう。それは見る者の顔を苦痛に歪ませる程度には痛々しいものだった。それでも兄は一度も痛みを訴えなかった。代わりに「もう大丈夫なので退院させて下さい」と頑なな態度で幾度も医師に申し出ていたらしい。
「……今回は特例で許可しましたが、もし痛みが再発したらすぐに誰かに言って病院に来て下さい。それから、約束の通院日にも必ず来て下さい。それが退院の条件です」
入院して六日後、俺は母親に強引に連れられて兄の病室に来ていた。何やら医師から話があるとのことで呼び出され、俺は関係なかったのに母は父さんが一緒に来れないからという理由で俺を巻き込んできた。そんなこともあり俺はこの病室に入ってから一度も兄と口を開いていない。喋る気にもならなかった。そんな状態ではあったが、今目の前では渋々といった感をありありと見せ担当の医師がそう述べた。ベットヘッドに背中を預け座った状態で話を聞いた兄は深々と頭を下げた。
「すみません。ありがとうございます」
その台詞を聞いた医師は逡巡した後重そうに口を開いた。
「……あなたの体の状態のことですから他人がとやかく言うのもおかしいんでしょうけど……あなたはもう少し弱味を見せてもいいと思いますよ。せめて家族にぐらいは」
そう告げると今度は俺と母さんを交互に見て俺達二人に言葉を掛けた。
「ご家族の方も気に掛けてあげて下さいね」
「はい……」
母が畏まって返事する。俺は返さなかったが。
「それでは退院の手続きに入りましょうか」
そう言って病室を後にする医師。その後ろを母がついていってしまった為病室には俺と兄の二人だけが残されてしまった。
「…………」
気まずい沈黙が続く。だが俺から話しかけようなどとは一切思わなかったので、兄が口を開かない限りはずっとこのままだろう。
「……よしっ!!」
「……っ?!」
突然何の前触れもなく声を上げてくるものだから大袈裟なくらい肩が跳ねた。鼓動の音がやけに五月蝿い。
「急になんだよっ!! 吃驚すんだろっ!!」
小心者のように驚いてしまったことが恥ずかしくて原因を作った彼に当たり散らす。ところが兄の顔は気色満面の笑みで、それはそれはこちらが一歩引いてしまう程である。
「な、何笑ってんだよ……」
「だって退院出来るんだよ!! 良かった、これでーーーー」
ーーーーライナのライブに行ける!!
「…………は?」
間の抜けた声が病室に響き渡った。