12
「……兄貴っ!!」
受付で教えてもらった病室のドアを勢い良く開けば、そこにはーー……
「……圭人? わざわざ来てくれたのか?」
ーー……そこには、平常とさして変わらない穏やかな表情をしてベットに腰掛ける兄の姿があった。
「……どういうことだよこれ」
拍子抜けし、思わず閉めたドアに凭れ掛かるようにして何とか体勢を保ちながら経緯を促す。沸々と溢れ出る怒りで少しばかりトーンが落ちたが怒鳴り散らさなかっただけマシだと思ってもらいたいものだ。それだけ俺は頭にきていた。
「どういうことって……?」
「ごめんね圭人っ、お母さんもどういう状況なのか全然聞いてなかったから混乱しちゃってたのよ……っ」
右往左往して弁解を試みる母に兄が状況を察してポンッと手を叩いた。
「あぁ、由紀さんが連絡してくれてたんだね。ごめん圭人。大丈夫、大したことないから」
そう口にして眉を下げる兄。そう言われてホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、冷静になった頭で今一度兄の全身を確認すればやはり只事ではなかったようで、額の端にガーゼが貼られ、右腕にも包帯が巻かれて固定されていた。布団で隠れているがもしかしたら脚にも何か怪我をしているかもしれない。それでも兄は笑みを絶やさない。
「……何なんだよ」
「……? 圭人? どうし」
「何なんだよアンタ!! 何でそんな顔して笑ってんだよ!! 何が大したことないだと?! ホントは痛いんだろ!? なのに何で痛いって言わねーんだよ!! いつもそう!! 良い人ぶって仮面被って……っ、何でいつも本音言おうとしねーんだよっ!!」
気付けばここが病院だということも厭わず大声で捲し立てていた。考えるよりも先に感情が言葉を紡いでしまっていて、息を荒くしつつもふと我に返れば、母も兄も唖然として目を見開き俺を凝視していた。
「……っ、帰るっ!!」
「ちょ、圭人っ!!」
背を向ける直前、兄が手を伸ばしてきたのを視界の端に捉えたが見てないフリをした。だって、留まれるわけがない。気拙さこの上ないし、あんな風に感情のままに怒鳴り散らしたのは初めてだったし、かと言って謝るつもりも毛頭ない。何故ならあれが本音だから。
「……もう何なんだよっ」
高校生になってから何をやっても上手くいかない。どうしてこうも空回ってしまうのか。
「こんなはずじゃなかったのに……」
今となってはもう口癖と化してしまった言葉。ネガティブさが全面に押し出されている。けれど口にせずにはいられない程、精神的に切迫していた。
とその時、こちらに向かって駆けてくる人物の足音を聴く。落としていた視線を上げ目を細めて見遣れば、どことなく当校の女子の制服に似ていて。
「……あいつ、もしかして……」
瞬きを繰り返し、何度も確認する。そうして自分の目を疑ったが予想を覆す結果は得られず、自分の眼前にやってきたのは珍しく血相を変えて必死な様相をした大槻羽衣だった。
「圭人! 来てたんだねっ! それで、先生は……?!」
「……病室に居る。大したことないらしいけど」
彼の言葉を代弁するなら、だが。実際そうなのかは誰にも解らない。……本人しか。
「そう、なら良かった」
「……で、何で大槻がここにいんの?」
そう問えば彼女は焦った顔をして早口で答え始めた。
「あ、えっと実は先生が階段から落ちたの私のせいなの。それで」
「何それ」
どうしてだろう。どうしても自分を繕うことが出来ずに刺々しい言い方になってしまう。
「……私が階段から足を踏み外して落ちそうになったのをその場にいた先生が庇ってくれたの……だから」
「解った、もういい。……兄貴のとこ行けば」
「……うん」
素直に従い兄のいる病室へと向かおうとする彼女が俺の横をすり抜けていく。ふわりと舞った髪が残り香を残して消えていった。
「…………」
不意に後ろを振り返る。けれど彼女は一度もこちらを見なかった。
「……そんなに心配かよ」
浮かんだ嘲笑は、一体誰に向けられたものだったのだろう。