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魔女と出会った日  作者: 鮫島 陸
Очи чёрные 黒い瞳
8/25

Очи чёрные 3

酒場の男の言う通り、彼の名前を出すと、宿はすぐにとれた。亭主に言って、彼女に水を飲まさせた。案内してくれた男に礼と別れの言葉を告げ、スバルは、ハクアを連れ部屋に入る。窓は一つ。一人用の簡素なベッドと同じく一人用の机が、狭すぎない部屋に詰まっていた。そのベッドに白い少女を座らせる。

「大丈夫?」

「うん。よくなってきたみたい」

そう言う彼女の肩は、まだ小さく上下していた。

「また、いつもの?」

ハクアにはときどき、こうした発作が起こることがあった。先生は彼女に、ストレスからくるものだと言っていた。荒い呼吸の中、彼女は首肯する。

そうか、とだけ応えて、持参していたトランクケースを開けた。だがスバルは、これの中身を知っていた。小瓶とも言えないような、小さな小さなそれの中で、透明な液体が揺れていた。その小瓶の中身を、亭主に貰った水の中に溶かして、濃度をさらに下げた。だがこれでも、少年の懸念を拭い去ることはできない。

「ほら」

それだけ言って、容器を手渡す。思慮と衝動の入り混じったような仕草で、彼女はコップをひったくった。そのまま口元に運んで傾ける。水がこぼれた。一息で飲み干す。

「大丈夫?」

彼女はふぅと息をついた。

「大丈夫だと思う。多分」

良かったという言葉が口をついて出た。本当にそうなのかは、わからなかった。

「さっきさ、怖かったんだ」

一拍置いて、彼女はそう言った。

「わからないけど、それを思い出したら、私じゃなくなっちゃう気がして」

思い出す。その言葉が意味するのは、彼女の閉じられた記憶。彼女が無意識に忌避しているもの。

「ハクアと会う、前のことか」

「そう、だと思う。そういえば、ちょうど一年前くらい?」

初めは、それが何を意味しているのかわからなかった。

「私たちが会ってから」

一拍遅れて納得した。

「そっか。もう一年か」

そう思うと感慨深いような、他愛もなかったような。しかし、一つ大きな変化を思い出す。

「ハクア、よく笑うようになったよな」

「そう?」

「そうだよ。昔はもっとこう…無表情だった」

「なんかそれひどくない?」

ごめんごめんと言って笑った。するとハクアは腕を組む。

「あー思い出しちゃうなースバルさんと初めて会ったときのこと思い出しちゃうなー」

その勝ち誇った笑みから、ハクアが何を言いたいのか理解した。理解してしまった。自分でも、顔が紅潮したのを感じる。

「ほんと初対面の人にあんなことするなんて考えられないよねー」

とても、お楽しみになっていた。

「あのときは…ごめん。いやほんとごめんなさい」

そして、彼女は笑った。本当に楽しそうに見えた。

「なんてね、ごめんごめん。でもさ、いつもスバルさんにやられてること、わかっておいてほしいなーって思うんですよねー」

「はい。すいません」

「うん、よろしい」

なんとも満足気な表情だった。可愛らしいその表情が、どうしても思い出させる。

「にしてもさ」

「ん?」

「私って、そんなに似てるの? スバルの妹さんに」

それは、少年の記憶の中に、目の前の少女の雰囲気に。そして、先ほどの少女の黒い瞳に浮かんだ存在だった。

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