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魔女と出会った日  作者: 鮫島 陸
Очи чёрные 黒い瞳
7/25

Очи чёрные 2

「そんな顔しないで。私はあなたに何かしたりしないもの」

そう言って歌姫は、ハクアをなだめる。

「だって私は、何者でもないから」

ガラリ。椅子を引く音が残響する。

どうしたの、座ってよ。その彼女の声が、遅れて聞こえた。その声に促され、とうとう席に腰掛ける。

「…何者でもない、か」

「ええ…さっき、何かを失ったことのない人なんていないって、言ったでしょう」

「君が勝手に変えた歌詞のことだね」

オーナーの男が口を挟むと、黒い少女は一言うるさいと言った。

奇妙な沈黙の破り方に悩みつつ、スバルは会話を進める。

「言っていたね。それが?」

「私だって例外じゃない。そう言いたかっただけ。…ところで」

そして彼女はハクアへと向き直る。

「ねえ、あなた」

そう呼びかけられたハクアは、どこか違うところを見ているようだった。彼女は遅れて返事を返す。

「え、なに?」

黒い少女は、一拍程度の間を空けてから言った。

「なにか、私に言いたいこと、あるでしょ」

「え?」

「先に言っておくと、私はあなたのことを何も知らない。知らないのか、覚えていないのかも定かじゃないけれど。だからね、教えてほしいの。あなたが、私の何を知っているのか、何を知らないのか」

沈黙が続いた後、ハクアは頷いた。その仕草は、覚悟を決めた人のそれのようであった。

「…私たち、どこかで会ったこと、ない? あなたの声、聞いたことあるような気がするの」

そのあとには、やはり静寂が続いた。キャンドルの炎が瞬いた。

「そう、そうなのね」

「わからない。けど、そんな気がする」

「…ひどく曖昧ね」

歌姫は皮肉げにそう口にした。

「でもそれくらいの方が、信じがいがあるわ」

そう笑いもした。

「私の名前は、ヴェーラ。聞き覚え、ないかしら?」

「ヴェーラ。ヴェーラ…ヴェーラ?」

ハクアが黒い少女の名前を繰り返していると、不意に彼女は頭を抑え始めた。

「大丈夫?」

しかし、ハクアは短く息を漏らすのみだった。

「ごめんなさい、無理に思い出そうとしなくていいわ。ゆっくりでいいの。急ぐ必要はないから」

「落ち着いて。ゆっくり深呼吸して」

彼女は指示に従って、深く呼吸する。

ハクアが落ち着いてから、ヴェーラと名乗った少女は語りかけた。

「最後でいいわ。あなたの名前を教えて」

「私、私は、ハクア。ハクア・ヴァイス」

「そう。…ありがとう、ハクア」

ハクアをどこかで休ませたい。その旨を男に伝えると、彼は宿を取ることを提案してきた。

「ここの表口から出て左に曲がったところに、知り合いの経営してる宿があります。あそこなら安心できますし、ヴェーラの店の紹介だとでも言えば、すぐに部屋を用意してくれるはずです」

「わかった、ありがとうございます」

ハクア、行こう。そう言ってスバルはハクアに肩を貸した。一人、店を出てからの案内を買って出てくれる客がいた。その人物に先導してもらい、スバル達は店をでた。

ありがとう、とだけ言い残して。


「…私、ハクアについて行ってみたい」

残された酒場の中で、ヴェーラは男に訴えた。男は顎に手を当て、悩む素振りを見せた。

そして。

「みんな、それでもいいか?」

歓声が響いた。

「ヴェーラちゃんの笑顔が見られるなら、ちょっとくらいはしょうがねえよ。なあ」

「そうそう、いい経験にしてきてくれよ、歌姫さん!」

「みんな…ありがとう」

「さあ、旅支度を済ませておきなさい。彼らのところには、私が行っておくから」

「ええ、ありがとう」

ヴェーラはそのまま、裏口から出て行った。

そして男は、その場にゆっくりと座った。

「スバルくんもハクアちゃんも、できたいい子達じゃないか。少なくとも、私達より。…なあ、そうだろう? お医者さん」

その身はいつもの白衣に包まれてはいなかったが、金髪の女性は肩を少し、震わせた。

登場人物名前

スバル・ユンツト Süwal Rose von Junzuto

ハクア・ヴァイス Hakua Weiß

ヴェーラ Вера

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