Очи чёрные 1
歌姫は、髪を二つにまとめていた。揺らめく炎に当てられて、妖艶とも言える美しさを放つ、繊細な黒い髪をしていた。それでいて、同じく漆黒の質素なドレスに包まれたその身は華奢だった。ただ華奢なのではなく、自分達と同じ年頃なのだろうと察しがつく。
ふと、陰になっていた彼女の横顔を捉えた。わずかな間だったが、端正な顔立ちであることが窺えた。高すぎない鼻に、紅い唇。鏡合わせのように対称的だった。
そして、歌劇のようにも見えたそれの中で見せた瞳は、酷く物憂げだった。それは美しく、悲しげで、魅力的かつ、何かを思い出させる。灰で煤けた遠い日の記憶が、その黒い瞳の中にある気がした。
「オチ・チョールヌイ。彼女にぴったりでしょう」
オチ・チョールヌイ、それは確か。
「…黒い瞳、ですか?」
「ダー、よくご存じで」
そう言って、男は空いていた席を勧める。木製の大きな丸机を囲む椅子だ。机の上にはキャンドルが立てられており、時折揺らめく炎が、この小さな歌劇場を時のない空間へと演出していた。
「お詳しいんですね」
「え?」
すると男は、巻いてルースィキとだけ発音する。
「いえ、私はただ、友人と話をしていただけですよ」
「友人!貴族のご子息とか」
ローゼンクロイツの魔術士は兵士であるが、それ以上に外交官としての役割が強い。そうなるのも無理はないと思いつつ、やや興奮気味な男に、スバルは否定の言葉を発する。
「まさか。私も彼も、当時はただの孤児でしたから」
「そう、でしたか」
落ち着いたトーンで、彼は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「よしてください!」
半ば反射的なものだった。
「だって…」
ーだって、何かを失ったことのない人などいないのだから。
そして、拍手が上がった。
ピアノの伴奏も、いつの間にか止んでいた。どうやら黒い歌姫の歌劇は、これが終わりだったらしい。拍手の雨音がフェードアウトしていったところで、歌姫はこちらを向く。
「そうでしょう? だってあなたたちも、失うことを知っているはずだもの」
ふと、隣の白い少女が目に入った。
彼女は、黒い瞳に肩を震わせていた。