あの日から続く世界 5
男は、細い路地を潜るように抜けた。右へ左へと曲がり、撹乱していく。黙っていた彼が声を発した時には、もうどこにいるのかわからなかった。
「ここへ、さあ」
そう言って男は、目前にあった扉を開ける。路地裏にある、いかにも裏口というようなところだった。
「私、ここで商売しているんですよ」
というその店内からは、優しい火の灯りが漏れ出している。
「お昼からあなたたちのように若い人たちを入れるのも、あんまりよろしくないですけどね」
それを聞いて、ちらりとハクアの顔を見る。散りばめられた単語に、少し不穏なものを覚えたからだ。
「ええと…」
いえ、と男は続く言葉を遮る。
「ただの酒場ですよ。薔薇十字の魔術士さん。目立ちますから、早く」
二人とも、その言葉に促されるままにした。
中は厨房と倉庫が一緒になったものらしく、木箱が積んで置かれたりしていた。
彼は裏口の扉を閉め、そこにあるもう一つのドアを指さした。灯りも、そこからもれている。
ふと、音が聞こえた。
「ねぇ、これって…」
隣のハクアが言う。美しいピアノの音色に彩られたそれは、鈴のような澄んだ声で、続く世界を奏でていた。
「これ…ロシア語、ですか?」
丁寧かつ巻いたRの発音。そう言えば、男の話し方にも、少しばかりその特徴が表れていた。
そうですよ、と男は肯定する。
「うち自慢の歌姫の声、ゆっくりお楽しみくださいね」