あの日から続く世界 3
「ねぇ」
「ごめん」
我ながら素晴らしい反応速度だと思う。少なくとも、一般的なコーヒーハウスでのそれではないのは確実だ。白銀の髪の少女かつ同僚は、自分の黒い三角帽子を膝に乗っけて言う。
「ベルリンについたら一休み、するんじゃなかったの?」
いや、その、と何かいい言葉を探す。
「…弁明の余地もございません」
見つからなかった。
「もう。よく分からないうちに話決まっちゃうしさぁ。…それに、やけに仲よさすぎない?」
「何が?」
ほらと言って、彼女は顎の辺りをさする仕草をする。スバルが首を傾げていると、今度は頭の上に何かを置いた。
「ああ」
そういうことかと納得する。髭と兜。すなわち、先ほどの鉄血宰相のことを指しているのだろう。
「昔会ったことがあるんだよ。それ以来の仲というかなんと言うか」
「私が、ここに入ってくる前のこと?」
その問いにスバルは首を横に振った。
「て言うよりは、プライベートで会ったってところかな」
それでも、国の在り方を決める人物と友好的だというのは並大抵のことではない。言われてから、改めてそう感じた。
「へぇ。…ところでさ」
出されたコーヒーに口をつける。
「リューベックって、どんな街なの?」
そこは、宰相殿との会話で出てきた街だ。というのも、スバルが新たな仕事を要求してしまった結果、依頼されたのがここの視察だった。
リューベックとは、プロイセン北部の、ちょうどユトランド半島の付け根東側にある港町である。中世においては、ハンザ同盟と呼ばれる商業同盟の盟主であり、塩などの貿易により栄えたことが知られている。といったことをまとめて、少女に伝えた。
しかし彼女としては、満足な回答ではなかったらしい。すこし眉を寄せて、疑問符を浮かべている。
「じゃあ、わたしたちがそこに行くことになった理由は?」
「ああ、それは多分…四年前の話かな」
「四年前?」
首肯して、言葉を続ける。リューベックを含むシュレースヴィヒ・ホルシュタイン両公国地域は、プロイセン、オーストリア連合軍による魔獣掃討作戦が敢行された地域だ。それが五年前のことである。その翌年、すなわち1865年にはそのシュレースヴィヒ地域がプロイセンに併合された。ホルシュタイン地域は当然、オーストリア側にである。しかし1866年、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン地域を巡って、プロイセン、オーストリア間での緊張が高まっていた。そこで、両国間の諍いにおいて中立を保ってきたローゼンクロイツがプロイセン側につくこととなった。そのためオーストリアは、ホルシュタイン地域がプロイセンに帰属することを無血で了承したのだった。
「そこで、帝国自由都市かつ城壁都市のリューベックに、プロイセン、ローゼンクロイツ合同の総督府のようなものが置かれたんだよ」
「…なるほど」
「だいたい分かった?」
「…要するに、薔薇十字団員としてパトロールしてこいってこと?」
彼女の妙な真剣さがかわいらしかった。
「まあ、合ってる」
やった、と彼女は小ぶりな動作でガッツポーズをする。
「って! そうじゃなくって!」
「じゃないの?」
「じゃなくって。食べ物とか、観光名所?とか」
あえて長めに間をとる。少し顔を近づけた。
「…ハクアって、実は結構女の子?」
「ちょっと! 今の聞き捨てならないんだけど!」
というハクアの言葉を聞き捨てスバルは席を立つ。
「まあベルリンを出るまでにもあと1日はあるわけだし、ゆっくり考えよ」
なら今コーヒーハウスから出る必要もないのではないか。そんな疑問が浮かんできてしまっただろうか。いや、浮かんでこなかったに違いない。
浮かんできてしまっただろうか。いや、浮かんでこなかったに違いない。(反語)