Buddenbrooks 4
とことこと私のところへやってくる人影があった。黒く艶やかな髪を、横で二つに結った女の子。
「ハクア、終わったのね。一人?」
「うん。大使の人と話すって」
そう、とヴェーラは声を漏らした。
「待ち合わせとか大丈夫?」
「六時にホルステン門ってことになってる」
「駅から来るときに潜った、あの赤煉瓦のやつ?」
「たぶんそう」
「そっか。ありがとう」
それだけ言うと、沈黙が二人のもとへ訪れた。
「気分、良くないの?」
しばらくしてから、ヴェーラが心配そうにこちらを覗き込んできた。
「だいぶ良くはなったよ」
その答えは、多分正しいものじゃない。
「そう。でも、そうね…どこか休める場所があるといいんだけど」
それを聞いたハクアには、一つの大きな尖塔が目に留まった。ヴェーラの視線も、また同じ場所に留まったようだ。
「教会だわ。あそこで休ませてもらいましょう」
スバルが言っていた。この街は神聖ローマ帝国に忠誠を誓う都市であったと。その後神聖ローマ帝国が解体されたとは言え、プロイセン・オーストリア冷戦を経てこの土地を占有したローゼンクロイツへのカトリック教会の心象は、決して良いものではないだろう。それに、ローゼンクロイツの起源を辿れば、それは反カトリック的情勢に端を発して成立したものだ。その証拠にか薔薇十字は正教式の十字の切り方を採用していて、両者の関係が良好とは言えなかった。だから今は、彼らなりの博愛の形を信頼するしかない。
「敵は同じなのにね」
ヴェーラが呟いて、それからこちらに目をやった。どうやら思考を読まれてしまったらしい。
「でも大丈夫よ。困ったときはお互い様ってやつ」
「…ふふっ」
「ちょっと、何でここで笑うのよ」
「いや、なんか、ヴェーラっぽくないなって」
それを聞いてヴェーラは不服そうに頬を膨らませる。
「私っぽくないって…いいじゃない別に、たまにはいいこと言ったって」
「いやごめん、そういうことじゃなくって。ていうか、もしかして気にしてるの?」
ヴェーラの眉が、ぴくりと釣り上がる。これはと思い、ちょっと腰を曲げて、閉じた手で口を覆ってみた。
「そうなんだ、気にしてたんだぁ」
「気にしてないったら!」
「ん、もうヴェーラかわいいー!」
するとヴェーラは呆れた様に大きなため息を吐き、もう元気そうみたいだし別の場所にすると提案してきた。もっともそれは、ただの話題逸らしに過ぎないが。
「ううん。教会にしようよ。ていうか、何逃げてるんですかぁー」
「…あなた、実はかなりめんどくさい子なんじゃないのかしら。どういう縁かは分からないけど、きっと昔もこんな感じだったんでしょうね」
そっか、やっぱり私たちはどこかで会っているんだ。そんな気がした。
「うん。そうだよ、きっと」
「そうね。さあ、行きましょう」
ヴェーラはくるりと踵を返して、一人で歩き始めた。振り向き際に、そうだといいなと呟いて。
「何笑ってるのよ。行くわよー」
「うん」
私たちの過去に何があったのかは、まだ分からない。でも私たちは、きっと幸せだ。




