Buddenbrooks 2
駐リューベック薔薇十字大使館。いわゆる領事館でもあり、総督府でもある。普墺戦争終結時に設置されたもので、停戦監視団のような役割も果たしているようだ。
「こちらです」
セオドル・カルティウス市長がそう案内したのは、市庁舎からほど近い、白い建物だった。大仰な名前の割には、市庁舎程の大きさはなかった。市庁舎と同様に、以前からあったものを改修して使用しているらしい。その建物の扉を開ける。内部は豪華な造りになっていて、話に聞いたように、裕福な貿易商の家らしさが強く残っていた。その大使館に足を踏み入れると、市長はゆっくりと辺りを見回した。まるで、誰かを探しているような仕草だった。
「市長」
セオドル・カルティウス市長の視線の先で、長身の若い男が声をあげた。彼はそのブロンドの髪を緩やかに揺らしながらこちらに歩いてくる。
「ああ、ヨハン君。探していたよ」
市長は男に向き直る。それからこちらに目をやって、彼に注意を促した。
「彼は、ヨハン・マン。この町の市民代表であり、駐リューベック薔薇十字大使館の全権大使です」
「ご紹介に預かりました。薔薇十字大使館の全権大使で、トーマス・ヨハン・ハインリヒ・マンです。魔術士の方々がいらっしゃると聞いて。お会いできて光栄です」
そうして、ヨハン・マンはこちらに手を差し出した。
「こちらこそ。魔術士のスバル・ローゼ・フォン・ユンツトです。よろしく」
全権大使ヨハンの手を取り、固く手を握る。それを解くと、間近で見たためだろう、彼の高い身長が目立った。薔薇十字の憲章があしらわれた黒のスーツに、深いワインレッドのネクタイ。それらに、波打つ彼の金髪が良く映えた。長い睫毛の落とす影に彩られた彼の瞳は、やがてこちらから視線を離す。その瞳が、一瞬見開かれた。だがその刹那の事象は、彼がハクアにかけた言葉で掻き消された。それに合わせて、私もハクアに視線を向けた。
「ハクア」
思わず呼びかける。彼女が、そうしなければならない程に切迫した表情を見せていたからだった。
「あ、いえ、その」
彼女は戸惑いを隠せないながらも続けた。
「ハクア・ローゼ・ヴァイスです。魔術士の」
そうヨハンに応えて、それからこちらを見た。何でもないのと言いたげに笑っていた。
「これからお二人はどうなさるのですか。残念ながらこちらには、書類の束くらいしか用意がありませんが」
なるほど。そうともなれば、出来ることは限られている。私は、ヨハン・マン全権大使の言葉に乗せられてみることにした。
「では、この街の案内をしていただけますか」
ハクアのことが気にかかるが、調子が悪そうなら、外で待ってもらっているヴェーラに見ていて貰うことにすれば、問題はないはずだ。それ以上に、直感という根拠とは言い難い根拠ながら、この男に注視すべきだと警告する自分がいた。




