Buddenbrooks 1
主に昼の空き時間について一悶着あったものの、ハンブルグでの乗り換えは差し支えなく完了し、スバル達三人は目的地であるリューベック中央駅へと到着した。
リューベックとは、ユトランド半島の付け根東側に位置する河川港の町のことである。ハンザ同盟という、14世紀に最盛を迎えた経済共同体が存在し、その盟主であったことから、「ハンザの女王」の名を持つ。なぜ王様ではなく女王なのかと問われれば、町を表すStadtという単語が女性名詞であるかららしい。
以上が、リューベック市長セオドル・カルティウスより得られた情報である。したがって、それが意味するのは、ハクアからの突き刺さるような視線であった。
さて、元の目的はなんだったか。
「こちらをどうぞ」
少し伸びた柔らかな声とともに、人数分のティーカップが置かれた。ソーサーつきのそれからは湯気が立ち込め、また、上品な香りを咲かせていた。運んできてくれた修道服姿の女性に一礼し、カップを傾ける。まず嗅覚に訴えかけたそれを、咀嚼するかのようにゆっくりと口の中で転がした。
「…おいしい。これは?」
先に飲みきったハクアが尋ねた。その間にも、芳香が歯の隙間をくすぐる。
「ダージリンです。もっとも、輸入品ですが」
テーブルを挟んで反対側のソファに、セオドル・カルティウスは座っていた。首に巻いたスカーフが印象的な、初老の男性だった。
「特産品でもてなしたいところですが、流石に今出すわけにもいかず」
「ロートシュポンですか?」
赤い木樽。赤ワインだ。ハンザ同盟時代のフランス、ボルドー産ワインを熟成させていたところ、とても好評だったという。
「ええ。それを作る塩の倉庫は、この町の自慢の一つです」
「来る途中で見ました。あそこで寝かせていたんですよね」
「よくご存知で。ただの交易品の保管場所じゃあありませんからな。誇らしい限りですよ」
そう言って市長は笑う。
「何よりこの町全体が、でしょう」
四年前の普墺戦争のとき。それに、この町は魔獣出現の際に多大な被害を受けた記録が残っている。そんな困難に見舞われたにもかかわらず、ここまでの復興を遂げた。そんな偉業を成したリューベック市民達に、どうして敬意を払わずにいられようか。
率直な意見を、その代表者に伝える。
わずかな間が、ダージリンの香りを際立たせた。ゆらりと立ち昇る湯気の中で、優しそうな表情の男は破顔する。
「そんな風に言っていただけるとは、感激です」
そして、カルティウスは先ほどの固まった姿勢からは打って変わり、上体を傾けた。グワングワンと手を握って振る。
「ただそれも、薔薇十字の皆様の協力あってのこと。それがなければ、ここまでの復興はなしえなかった。ありがとうございます」
「い、いえそんな」
そろそろ頭にまで揺れが伝わってきそうだ。ハクアに助けを求めたい。
「もしご都合が宜しければ」
頭部が慣性にしたがって机の上へと投げ出される。
気がつくと、ダージリンが鼻の中で暴れ回っている。湯気が直接、顔を撫でていた。あと少し机の縁を掴むのが遅れていたら、きっと紅茶の温度を肌で感じていたことだろう。波一つ無いダージリンの水面に、焦燥を抱えて時を止めた男の顔が映っていた。
「大使館に行きませんか。駐リューベック、薔薇十字大使館へ」
資料集めに奔走しておりました
お待たせして申し訳ありません!




