Очи чёрные 10
トントンとノックする。重厚で豪奢なそれも、許可が下りればただの扉だった。
「カーバー・フリッツ中尉。入ります」
陽射しが目に刺さった。思わず瞼を下ろす。それは、二人分の陰影を作っていた。一つは、自分の頭に乗っかっているものと同じ鉄兜に、長刀を刺した大柄な男のもの。もう一つは、男と同じような長刀を腰に差した、小柄な影。両名が同時に振り返る。大柄な男は、緩慢に堂々と。小柄な方は、俊敏な動きで長い黒髪を振った。男の顔を視認して、足を揃え右手を側頭部に添える。すると男はすっと右手を挙げた。楽にしろという意味だと解釈し、手を下ろして足を肩口まで拡げた。
「ローゼンクロイツのユンツト少佐、ヴァイス中尉両名の護衛任務終了致しました。ハンブルクを経由して、リューベックに向かわれる模様です」
「ご苦労」
男はそれだけ言った。するとややあって、黒髪の持ち主、アジア人であろう彼女が、鉄兜の男に視線をやった。騎士の甲冑ともまた違う、決して軽くはなさそうな防具を着用しているにも関わらず、彼女は一切の物音を立てなかった。ああ、そうだな、と男は思い出したように呟き言う。
「さて、カーバー中尉。ハイエナがどこに行ったか、分かるかね」
ハイエナ。その言葉が指し示すのは、肉食動物のことではない。共通点と言えば、群れで行動すること。そして、我々に害をなす存在だということだ。
「四人、こちらの動向を探っているような者達がいました。全員帽子を目深に被っていて顔は確認できませんでしたが。白と黄色がそれぞれ二人ずつです」
なるほど。アジア人の彼女が呟いた。
「カーバー中尉。君の意見は」
鉄兜の男が、そう促した。
「四人。指揮系統が乱れにくい最低限の戦力投入です。二人ずつに分かれることができるのも強みの一つで、今回ローゼンクロイツは二人しかいません。二対一の状況を簡単に押し付けることができますから、非常に有利かと」
「すなわち」
「武力行使を念頭に置き、ローゼンクロイツに対して優位性を確保する動きです。したがって、魔術士の行く先にあり、悟られたくない何か。それを奪取することが目的だと推測します」
そう自分が言い切ると、男は、鋭く長い息を吐いた。それはどこか、紫煙を吐き出す仕草に似ていた。
「私も同意見だよ。カーバー・フリッツ情報武官。君は、教科書に忠実な男だね」
宰相殿。それは違う。目の前の男を驚かさんとばかりに、直立不動の姿勢を見せる。
「自分は、祖国に忠実なだけであります」
それを聞くと男は間を置いた。間を置いて、口を歪めて見せた。豪快に笑う。
「最近の若いのは骨の太い奴が多くて嬉しい限りだ。…それに比べて議会の連中と来てみれば、保守もここまで極めれば売国奴と変わらんぞ」
そうは言っても魔獣の登場が54年前の1815年。議員の大半は魔獣への対処が十分でない時代を経験している。それを考慮すれば、慎重になりすぎるのも理解できる。そうならない方が、といった話は絶対にしないが。
しばらくすると、宰相殿の嘆きも終わりを告げる。
「すまなかったね。もう大丈夫だ」
「分かりました。では、自分はこれで」
敬礼を崩し、退室する。
「ああ、中尉」
はい、と歩みを止める。
「ローン陸相にも伝えておいてくれ。三個小隊程借りたいとな」
「了解しました」
扉を閉める時、ネズミ捕りの時間だと声が聞こえた。




