Очи чёрные 5
瞬きをした。長い瞬きの後に。
「かもね」
そう濁した。
「さ、この話は終わり終わり。病人はさっさと寝なさい」
「わたし、眠くないんだけど」
「いいからいいから」
「ええー」
そう言ってハクアは渋る。渋って、頭に乗せていた三角帽子を抱えた。
「先生に怒られるぞ」
なかなか子供じみた文句だと思った。
「はーい」
そして彼女は、不服そうに横になる。こちらが感謝したくなるほどの早さだった。
おやすみとだけ言う。しかし、返事は返ってこなかった。いや、遅れて少し焦ったような声が聞こえる。
「ちょっと待って」
「なに」
わずかに、考える間があった。それから。
「部屋、一つ?」
「ああ、一部屋だけ」
その回答を聞いて、ハクアはこちらに背を向けて縮こまった。
「え、なに、どうしたの?」
彼女は、毛布を顔まで被って返答する。
スバルは考えた。彼女は、何をそんなに気にしているのだろうか。数々の思索の中で、答えは引き寄せた毛布にあるのだと確信する。
一種の勝ち誇ったような笑みを浮かべ、スバルは言う。
「大丈夫。俺、床で寝るから」
「違うし!」
一瞬出てきて叫んだと思ったら、おやすみと乱暴に言い放って元の状態に戻ってしまった。
「ああ、おやすみ」
何がダメだったのか。困惑とともに思考する。ただ、答えが出るわけではなかった。
するとスバルは、トランクケースに手をかける。緩慢な動きで、液体の入った小瓶をしまった。リューベック。それにしてもこの采配は、偶然だったのだろうか。ケースの中に再び両手をかけ、底蓋をカタカタとずらす。そして外れた。
そこには、ハクア・ヴァイスのカルテがある。
「彼女の先輩となるにあたって、君に渡して置きたいものがある」
そう言った先生の白衣は、床に接している。そして、ベルリンで別れたときよりも綺麗になっていた。これは、一年前の記憶だ。
「これは…」
「カルテと呼ぶには雑なものさ。ただの私のメモ書き。それでも、少しは伝わるはずだよ。君に引きあわせる、前のことをね」
そして先生に、その診断書を手渡される。
目を通した。
1866年、旧シュレースヴィヒ公国領リューベックにて保護。そこには、そう記載されている。
「なに見てんの?」
声のする方を向くと、こちらを向いて寝ているハクアが目に入った。
「…今はないしょ」
「なにそれ」
身体的後遺症はないが、保護以前の記憶に触れることを無意識のうちに拒絶している。具体的症状として、動悸が激しくなり呼吸が浅くなる。長時間安静にしていれば回復する。ただ短期的な解決法として、アヘンの効能が認められた。
こんな診断結果を、今見せるわけにはいかない気がした。そんなことをしては、彼女は大きいものを背負いこむ事になるだろうから。
「ないしょ。でも、いつかは言わなくちゃな」
「そう」
寝返りでもうったのか。布団の動いた音が聞こえた。
「にしてもさ。好きだよね妹さんのこと」
「え」
「すごく心配そうな顔して。…ちょっと妬いちゃうな」
驚いた。でも、嬉しかった。だから、それを隠すように言った。
「もしかしたら…違うかもよ」
彼女のことは待たなかった。
「おやすみ。いい夢を」
「…うん」
寝息が聞こえるまで、待っていた。




