第1部ー3
私が自室に戻る途中、妹のジェーンに会った。
ジェーンが、私に何か言いたそうにしているのに気づいた私は、ジェーンに声を掛けた。
「どうかしたの」
「お姉さまに、2人きりで聞きたいことがあるの」
ジェーンは言いにくそうで、声を詰まらせながら言った。
私は、自室にジェーンを誘い、そこで、話をすることにした。
自室に入るとすぐに、ジェーンは私に問いかけた。
「フローレンス姉さま、どうして、エドマンド義兄さまに婚約破棄を迫るの」
その問いかけに、私は率直に答えた。
「エドマンド義兄さまと結婚したいからではいけない?」
「だって、お互いに婚約している身でしょう」
ジェーンは疑問を呈した。
こういった点、ジェーンは妙にませたところがある。
これまでの周囲とのやり取りから、前世の記憶があるのは、私だけだと察していた私は、ジェーンに何と説明したものか、と内心で少し迷った。
私がエドマンドと結婚したい理由は幾つかある。
前世で読んだ漫画の記憶からと言うのが最大だが、前世での私の人生経験の失敗もあるのだ。
私は、前世ではある意味、理想の人生を一時は歩んでいた。
一流の高校から、一流の大学へと進学、更に大学で学んだ経営学を生かして、東証一部上場のある有名企業に大学卒業後、即就職。
だが、その代償というのも何だが、ろくにどころか全く恋愛経験が無いままに、気が付けば30歳を過ぎていた。
そして、誰かと恋をして、結婚して、ということを夢見るようになり、婚活を頑張るようになったのだが、なかなかうまく行かない内に交通事故で亡くなったのだ。
この世界で前世の記憶が甦った際に私が思ったのは、この世界では何としても幸せな結婚生活を送りたいということだった。
だが、すぐに気が付いてしまった。
この世界で結婚はできるものの、幸せな結婚生活を自分は送れないことに。
こうなった以上は、止むを得ない。
本来の婚約を破棄して、別の男性と結婚するしかない、私はそう決意した。
だが、これはこれで、実はこの世界では困難な話と言うのに気づいた。
何しろ、この世界は中世レベルの社会だ。
男女共学の学校?何のことですか、というレベルの社会なのだ。
そして、学校で素敵な異性と巡り合う、何て前世では当たり前のことは起こり得ない。
どうやったら、本来、結婚する相手とは別の男性と自分が知り合って、結婚できるのか、私が悩んでいたところに現れたのが、エドマンド義兄さまだった。
これだ、と私は飛びついた。
後になって、冷静に考えてみれば、前世での婚活失敗を、私は引きづっていたのだろう。
好物件と見て取れば、すぐに手を付けないといけない、強引にならなければ、と逸ってしまったのだ。
10歳そこそこ、前世で言えば、小学生がいきなり求婚してきたら、普通の相手は引いてしまうだろう。
だが、15歳、前世で言えば中学卒業前に、本来の婚約者アーサーと結婚させられてしまう私にしてみれば、5年もすれば愛が無い不毛な結婚生活に突入するという現実が分かっているだけに、必死になった。
そして、気が付けば、エドマンド義兄さまは、私を避けるようになった。
だが、避けられれば避けられるほど、私はエドマンド義兄さまに執着せざるを得なかった。
何しろ、他に私には相手がいないのだ。
「いい。ジェーン。大好きな相手と結婚したいと思うのは自然なことなの。私はエドマンド義兄さまが大好きなの」
私は、取りあえず当たり障りの無さそうなことを言った。
ジェーンは、ぽつりと言った。
「姉さまはそうかもしれないけど、エドマンド義兄さまはどうなのかな」
私は後になって、ジェーンがおそらく自分では気が付かずに言ったこの言葉の意味の重さに気が付くことになる。
次話は、エドマンドの視点になるので、幕間とします。