6
彼は北方の小さな村に生まれた。
成長するに連れ、彼は心のなかにわだかまりを抱えるようになった。
周囲は彼に悪意を向けることは無かったが、彼はいつも冷たい檻のなかにいる心地だった。
彼はある時、一人の少女と出会う。
彼女もまた、自分の居場所を探していた。
彼はその少女と共に、旅をした。
そして。
加虐主義の神の気まぐれで、全てを失った。
彼の生まれ育った村にも、『神』などと呼ばれる少女がいた。
彼は彼女に問いかけた。
「神は暴力を偏愛している。……女神様はどうだろうね?」
「……わたくし、暴力など」
「そうだろう。女神様は、そうだろうとも。それが正しいと信じきっているから」
――彼はそれからずっと、最期まで一人きりだった。
ウサギ族や、囚われの理由に関しての話を聴き終えた俺は、女神さまが用意してくれた湯船で湯浴みを済ませ、木造の民家の一室で布団に横になっていた。
まだ村を全部見て回ったわけではないが、少なくとも数十棟はあるだろう村の家屋の全てを、彼女はちゃんと手入れしてきたという。
「どこの建物でも好きに使ってくださいませ」という女神さまの言葉に適当な一軒を選び、板張りの床に直接布団を敷いて寝る様式に慣れぬまま、俺は彼女の話を思い返す。
――女神さまが動きを封じている間に、とどめだけ俺が、とかそういう話なわけないしなあ……。
女神さまを説得する、というのも難しいだろう。話を聞いただけの俺でさえ、心情としては眠り続ける二人を助けてあげたい。
俺がごろりと寝返りをうった時、扉を叩く音とともに女神さまの声がした。
「カレットさん、まだ起きていらっしゃいますか?」
「ああ、どうぞ」
防犯もなにも無いので、鍵は掛けていない。上体を起こして出迎える姿勢をつくる。
部屋に入った女神さまは両手でそっと扉を閉めて、俺の側まで歩み寄ってくると、静かに膝をついた。
そのまま、ごく自然な動作で膝を床につけたまま擦り寄ってきて、そして片手を俺の腰の横あたりに伸ばす。
半ば、俺に乗りかかるような体勢だ。
「め、女神さま?」
間近に迫った碧色の瞳に、俺は視線ばかりでなく頭ごと逸らしたが、彼女は構わず更にもう片方の手を俺の胸に置いた。
「カレットさんが怪我人ということで、遠慮していたのですが……わたくし、とても人恋しいのです」
「そ、それは……」
「今晩はここで一緒に眠らせてくださいませんか?どうか、お願い致します」
女神さまは熱のこもった声で、そう言った。
彼女の事情を考えれば、とても断れたものではない。お願いどころかほとんど強制だ。
瞳をうるませた女神さまに、俺は頷きを返すしか無かった。
間違っても間違いが起きぬように、俺は隣に横たわる女神さまに背中を向けて、目をかたくつむっていた。
寝付きが良いのか女神さまはすぐ眠りにつき、今は俺の背中にくっついて、かすかな寝息を立てている。
「はあ……」
小柄な割に見事に発達した体を押し付けられて、不埒な情動に狩られないではなかった。
俺はそれを溜息と共に吐き出して、感触を極力意識しないように、再度思考の海に沈んだ。
――やはり、徒歩しかないか。
とはいえ無謀を犯すつもりはない。女神さまの知る限りの付近の魔物の情報を教えてもらい、対策を立て。
いざ出発してみれば、国に確認されておらず、女神さまも知らない未確認種と遭遇することもあるかもしれないが、初心者の俺でさえしのげたヤミノキバの例をとってみても分かるように、未確認種だからといって必ずしも強力なわけではない。
――あるいは、ここで数ヶ月、もしくはそれ以上の期間、特訓する必要があるかもしれないな。
ふと何か聞こえた気がして、俺は耳を澄ませた。
「んぅ……ゆう……み……」
女神さまの寝言のようだった。本当に、聞こえるか聞こえないかぐらい、そんなかすれた声で。
「……もど……なんて……うそつき」
俺の肩にしがみつくように添えられた手に、ぎゅっと力が込められた気がした。