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安直短編集

 ……暇だ。

 この家の庭は広い。池もある。きっと住んでる奴はしいの木みたいにどでかい懐をしているに違いない。よく餌もくれるしな。

 ……しかし暇だ。ああ暇だ。今日も飯を強請りにきたが、少し早く来すぎたな。空腹の前に暇で死にそうだ……

「ふわぁ……」

「でっかい欠伸だな」

「うお!?」

 隣の池からぴちゃりと音が聞こえた。鯉だ。丸太みたいな錦鯉。

「……お前喋れたんだな」

「当たり前だろ? 口をパクパクさせるのが僕の日課なんだ」

「それは初耳だ」

 中々おもしろい奴っぽいな。しばらくここでゆっくりするか。

「……おいおい何腰を降ろしてるんだい猫さん?」

「にゃ? 暇だから良いだろ?」

「どういう理屈だいそれ……」

「まあまあ。それにそろそろ毛繕いの時間なんでな」

「あ、ならノミは僕にくれよ」

「にやだね」

「ケチこいね」

「『こい』?」

「忘れてくれ」

「お、おう……」

 変な奴だな。今のは対抗心からか?

「……しかし羨ましい限りだよ」

「ん? この赤いラインのことを言ってるのかな? 中々いい目を持ってるね」

「いやその話じゃねえよ」

「……腐った魚のような目」

「ボソッと言うにゃ! つうか魚のお前に言われたくねえんだよ!」

「……僕は君が羨ましいよ」

「あ?」

「だって語尾に『にゃ』って付けられるじゃん。キャラたってるじゃん!」

「お前は何になりたいんだよ!?」

「僕なんて精々『こい』とか『ぎょ』だよ! 『ぎょ』って何だよ『ぎょ』って……ちょっといいかも……」

「しっかり気に入ってんじゃねえか……」

 はぁとため息を吐いてしまう。おもしろいには面白いんだが、こりゃあ中々疲れるタイプだな。痺れるではなく疲れるだ。

「俺がさっき言ったのはな、毎日餌が貰えるその状況が羨ましいって意味だよ」

「おかしなことを言うね。君だって貰ってるじゃないか。たまに僕のも食べちゃうし」

「そこはご愛嬌と。あんまし意味分かってねえけどな。俺の場合はいつもハラハラさ。野良猫なんて端数切り捨て分さ。5じゃなくて永遠の4だよ」

「日曜の朝には出られないね。あ、でも4人でもって出られるか」

「その後のやつだろ? 最近じゃあまた音階魔法少女に逆戻りだ」

「それ分かる人いるかな?」

「ラノベになってるからそこそこなやつは分かるだろ。って、また話が脱線した!」

「ああ、確か首輪に痺れて憧れる的な?」

「そこまで局所的じゃなかったが、概ねそうだ……と思う」

「ふぅ~ん。でも僕は君が羨ましいな」 「語尾以外にか?」

「そうだぎょ!……やっぱり違和感あるかなぁ……」

「ま、まあ好きに喋れよ」

「うん。まあ自由な君たちを見てるとね、こんな狭い世界で一生を終えるのかなぁ~と思ったりね」

「それが苦なのか? 知らないことが幸福ってよく言うぜ?」

「でも知識欲は誰しも持っているものだよ。君にだってあるだろ?」

「さあね」

「ひねくれてるなぁ」

「猫だからな」

「あ、何か納得」

「……だがやっぱり空腹はキツい。俺が思うに、一番辛い死に方は餓死だな」

「水は?」

「水は至る所にあるさ。今だって隣にある。だが飯は別だ。探さないと見つからないし、探さしても見つからない時もある。他の縄張り内なら即決闘だ」

「デッキは何を?」

「そっちじゃねえ。かなりシュールな絵になるぞ?」

「諦めんなよ!」

「お米食べてこい」

「僕は精々食パンが限界だよ」

「はぁ、お前と話してると疲れるな」

「時間は紛らわせたかい?」

「んあ?」

 と、そこで目の前の戸がガラガラと開き、いつものお婆さんが顔を出す。その手には出汁をとり終わった後の煮干しと鰹節の山がある。

「おお!」

 ご馳走に思わず目を丸くしてしまう。それが分かったのかお婆さんはにっこりと微笑み「クロ、おいで」と餌を足元に置いて手招きする。名前を呼ばれてクロは向かい、今日のご飯にがっつく。

 その後ろ姿を眺めて、

「……僕が君を羨むもう一つはね、名前があることだよ」

 何て水の中で、聞こえないようにパクパクしてみる。まあ、こればっかりはどうしようもないからね。僕は名前を呼ばれなくても本能的に飛びついちゃうし、名前がある必要はないしね。

「なら俺が付けてやろうか」

「……聞こえたんだね」

「犬は鼻が、猫は耳がいいんだ」

「犬は嘘に、猫は噂に強い」

「分かってるじゃにゃいか。っと、お前の名前だったな。必要性は俺が呼びづらいからだ」

「ハハハ! それは盲点だったよ。料理の名前にするのかい?」

「……お前も中々ひねくれてるな」

「こんな狭い所で楽しみを求めると、どうしてもひねくれるものさ」

「そうかい……お前の名前は『シキ』だ」

「錦鯉だから?」

「名前は分かりやすいのがいい。というワケでこれは俺からの贈り物だ」

「ッ、って思わずパクついちゃったけどこれ鰹節じゃないか! 共食いだよ共食い! カニファンだよ!」

「まあ、狂ってることに違いないが」

「でもうまい!」

「うまいのかよ……まあそれとたまには色んな話を聞かせてやるよ」

「え、あ、うん。急に気持ち悪いね?」

「惨めなシキが可哀想だと思ってな」

「それは素直にありがとう」

「お、おう」

 何かそう素直に言われると恥ずかしいな。

「毛繕いのふりして照れ隠ししなくていいよ」

「うるせえ! ったく、変なのに当たっちまったなぁ」

「ハハハ! まあこれからよろしく頼むよ。クロ君」

「はいはい。よろしくシキ」







「何て話してたりして」

 そう思っていると私の方に気づいた猫がぎょっとして逃げていってしまう。

 猫の方が『ぎょ』っとするなんて、とクスリと笑って私は母の入れてくれたコーヒーを飲む。今日も庭は長閑だ。

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