無に潜む魔物
「和輝様は、私をなんだとお思いなのですか? こう見えても、川上楓雅は最強を謳われているのですよ」
あまりに心配してくる和輝にそう言い、楓雅は和輝の手を離す。腰に回されている和輝の手も、丁寧に檻の中へと戻した。そしてそのまま、ゆっくりと離れて行ってしまった。和輝からは、どんなに手を伸ばしても届かない距離。目視は出来るけれど、掴むことは出来ない距離へ。
「咲希様のことでしたら、ご安心下さい。深雪様もご無事です。お優しいと噂の和輝様のことですから、どうせ涙の理由はそれなのでしょう? だから心配無用と、伝えに参りました。これから林太様がどうなさるかはわかりませんが、彼女たちを殺したときには和輝様にもお伝え致しますよ。そしてきっと、和輝様のことをも殺しましょう。これが最期のお話にならないこと、祈っておりますよ」
淡々と告げると、楓雅は更に歩いて行ってしまう。その姿を見ることも出来ないほど、楓雅が離れて行ってしまったそのとき、和輝は力尽きたように崩れ落ちた。もう涙さえ出ないほどに疲れ切った様子で、檻の外を眺めていた。
まだ手に残る冷たい温もりを、全力で感じながら。あの儚げな無表情を、折れてしまいそうなあの体を、何に遮られることもなく晒された真っ白な体を。そして和輝は、川上楓雅が恐れられる所以を、知ったような気がした。川上楓雅の名だけが広まり、その姿をどうして誰も知らないのかを知ったような気がした。