交渉
きっと深雪が約束を破らないであろうこと、林太は理解していたのだろう。もし逃げるつもりなら、何かこちらが悔しがるような仕掛けを用意しているに決まっている。彼女の言葉の中にそれが見当たらないからには、慎重に考えなければならないが、受け入れない理由はなかった。
それに、間違えなく深雪の方にも得があるものだから、それほど疑うものでもないというようなことでもあった。明らかな目的が見えているのだ。
深雪の言葉に従うならば、人質を解放するような条約を咲希と結ぶか、咲希と戦争になるまでは林太の手元に深雪がいるということになる。何においても天才的な能力を持っている楓雅に加えて、器用な天才忍者である深雪が味方するというのだ。林太には間違えなく利のある話であるし、自分の実力を計算してそう思われるであろうことまで考えた上で深雪がそう言っているのは間違えなさそうだった。
単純に、どんなに深雪が努力しても咲希の軍では林太の軍には勝てないのだから、戦争にならないようにしておきたいのだろう。その歯止めに自らなろうとしているのだろう。深雪らしい、実に単純な理由であるのだと読めないわけもないから、林太は悩むのだった。
「互いに魅力的な話だろう。どうにもそれが引っ掛かるのだ」
「悪くないのではないかと思いますけれど。仰るとおり、とても魅力的な話だと思います」
林太の言葉にこくりと楓雅は頷く。基本的に楓雅は決して林太のことを否定しないけれど、作戦会議だとか、そういったところで意見が必要なところでは間違っているものは間違っていると言う。考えた上で楓雅が言ってくれているのなら、そして自分もそう思っているのなら、それこそ本当に従わない理由がないというものだ。
「良いだろう。死神が力になってくれるというのなら、他の奴らは帰って構わない。だが死神よ、甘ちょろいお姫様とは違うのだから、文字どおり死神として君臨してくれなければならん。死神と言われているからには、憎まれの名は厭わないのだろうが、本当に死神になってしまうことに、耐えられるか?」
そんな挑発に深雪が乗るはずはないけれど、その言葉は彼女だけに向けられたことではない。
「深雪ちゃん」
「ジュッキー。咲希の元に帰ってあげてよ。深雪はここに残るから、変な誤解はされたくないし、何も言わないでね。何も言わなくても深雪のことを信じてくれるって思ってるし、信じてくれないんだったら、それはそれで良いの。じゃあね、ジュッキー」
突き放す悲しい、明るい声で深雪は告げた。




