人質
「人質、一人で良いってんならその役引き受けるよ」
和輝、海人、野乃花、林太、楓雅、ここにいるだれの言葉でもなかった。声が聞こえてきたのだが、どこから声が聞こえたのかは不明のままだ。そうではあるのだが、だれの声であるのかは海人以外の四人はすぐに気付いた。こんなことが可能なのは一人しかいない、そのせいもあるかもしれない。
「信じられるか。人質に取っておいたとしても、すぐに逃げて終わりだろう? 他人を逃がすよりも自分が一人逃げることの方が楽に決まっているから、そういう魂胆だな?」
声の主が知れてもどこにいるかどころかどの方向から声が聞こえているかも感じ取れないものだから、やむなく正面を向いたままに林太は言う。
「ちょっとくらい信じてよ。別に深雪だって妖術使いじゃないんだから、最初みたいに鎖で繋がれて牢屋に閉じ込められてって、それじゃあ逃げるなんて無理な話だって。深雪に脱獄の才能があったっていうより、そっちのミスだ。うん、ここまで話したら信用してくれた?」
尚も姿を現すことはなく、どこからか深雪の声は注ぎ続ける。会話に参加することもないだろうことから、集中して気配を探していた野乃花と楓雅がやっと位置を掴み始めていた。
「普通に考えたら悪くないものじゃありませんか。こんな何の役にも立たない変態を捕まえておいたって何にもなりませんし、手元に置いて力を封じるんだったらどちらが得になるか、考えるまでもないことでしょう?」
野乃花の言うことは尤もだった。
「ノンとしては、こんな変態とは同じ空間にいたくありませんから、どっか牢屋にでもぶち込んでくれた方がありがたいんですけどね」
「野乃花ちゃん冷たい」
悲劇のヒロインの勢いで和輝は仰け反る。そうして崩れ落ちる。
「じゃあさ、こういうのは? 人質として捕まっている間、深雪を使い放題! 自分で言うのもなんだけど、天才的な忍者だよ~? 代わりに、さすがに相手が咲希のときには逃げちゃうよ。そこはあくまでも深雪だからね」
深雪の挙げる条件を呑まない理由は林太側にないと思えた。和輝を連れていても何にもならないのは間違えなくそのとおりなのだ。
「良いじゃん良いじゃん! 悪くないんでしょ? それとも何? 姿も見せずに取引をしている時点で無理だってこと? それならすぐに目の前にでも行ってやるから」
言葉が終わると同時に、林太の座る椅子の二歩ほど手前に深雪が出現した。上から現れたのか下から現れたのかも、この場の全員が見ていたはずなのに見えなかった。




