帰還要望
「そういうわけだから、もう帰ることにするよ。構わないね?」
どの立場から言っているのか、海人は堂々として告げた。これほど余裕な雰囲気を出していると、林太まで流されてしまいそうだった。
「一人くらい、人質に取っておきたいところだがな。例えば、……なぁ?」
大きく海人の言葉を振り払って、極悪な笑みで林太は言う。なぁと微笑み掛けられた和輝は、困った挙句に苦笑いをした。いつでも周囲を気にしない和輝としては珍しいことである。
「咲希ちゃんに会いたいよ」
緊張の空気が流れ出す中で、和輝が漏らした一言はそれだった。
「そんなことを言われてしまうと、羨ましいな。欲しくなる。忠誠心? 愛とか信頼とか、そういうもんは、奪い取りたくなるもんだ。奪って、壊してやりたくなるものじゃないか」
イメージ通りの悪が、林太の中に宿ったようだった。隣で無表情のまま凛と立つ楓雅も、噂の中にある楓雅の像をそのまま映したようなものなのではないだろうか。こういうところが、二人の像を作っているようであった。
「そんなに怖い顔しないで、一緒に来たら良いじゃん。もう林太ちゃんも悪い人じゃないって、知っているからさ、いつでも来いよ。ただ、それで咲希ちゃんを傷付けるようなことなんだとしたら、許さないから。また咲希ちゃんのことを傷付けようって言うんだったら、絶対に許さないから!」
言い放った和輝の言葉で、哀しげに顔を歪ませたのは、その言葉を向けられた林太ではなくて部屋で聞いていただけの海人の方だった。
「やっぱり、優しい人だね。咲希様も喜んでいるんじゃないかな。それじゃあ、帰るとしよう? みんな、一緒に帰してくれるよね?」
スッと迫った海人に林太は思わずうなずいてしまいそうになった。しかし林太はそれでもまだ流されはしない。騙されはしないのだ。
「一人、残らんか? それほど咲希に会いたいのなら、自分の身代わりとして置き去りにするものを選べ」
和輝のお人好しを利用しようとするような言い方であり、林太の思ったとおりに和輝は悩み始めた。身代わりという表現は、和輝を煽る為だけに用意されたようなものだ。
「えー、一人で残るなんて嫌だよ?」
「ノンは絶対、こんな奴の代わりになんてなってやりませんし、さすがにこれ以上日良様と離れ離れというのは耐えられません。それが日良様のご命令だというのなら止むを得ませんが、そういうのでもありませんのでしょ?」
二人からの拒絶。もし身代わりに名乗り出てくれたとしても、そこで任せきりにして自分だけ帰るような真似は和輝には無理であろう。楽しそうに林太はその様子を見ているのみだった。もう意図した悪意はないというのに、やはりどうしたって彼の笑みには悪者らしさというのが滲み出ていた。




