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サクラのキセツ 陰  作者: 斎藤桜
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野乃花へ

 私を一番想ってくれている人、それは間違えなく野乃花なのでしょう。

 いくら私でも彼女の気持ちの強さは理解しているつもりです。

 それにしては、あんまりに残酷なことをしてしまいましたかね。野乃花は今、どこで何をさせられているのでしょうね。

 いえ、どこというのは、私が送り出したのですから知っているはずではあるのですけれど。

 そういう問題ではなくて、こうも野乃花が遠いことが初めてで、私は戸惑い躊躇い、寂しくなっているのでしょう。


 きっと彼女は私が呼び戻すまで帰っては来ない。

 これは自惚れではなくて、彼女の忠誠心の問題で、野乃花は私以外の命令を聞こうとなどしません。頑なに私の言葉を優先してくださいます。

 あの真面目で器用貧乏な野乃花を、私はどうしてやれるのでしょうか。

 近くにいすぎるがためか、今まで大切にしてやれなかった野乃花のことが、急に想われました。

 深雪様のお姿に、傍にいてくれない野乃花への気持ちが強まってしまったのです。


 わかっています。何もかも今更だって。

 ずっと前から、最初から私が勇気を持っているような人であったなら、どの苦悩も生まれなかったのでしょうか。私の周囲で生まれる苦しみは、いくらも減ったのでしょうね。

 あれだけ遠かった咲希様も、こうしてお話をしたら、こんなに簡単に近付けてしまいました。

 今が本当に近付けたことになっているかどうかはわかりませんが、私と咲希様とで共通した志があるというようなことを感じられましたよ。

 何度も私のせいで苦労させられているだろう野乃花も、少しは自分の時間を過ごせたのでしょうね。

 野乃花、ねえ、野乃花。


 いつも近くにいてくれたのに、こうして遠くへ送り出しているときに限って、こうも寂しくなるのですから感情とは厄介なものですね。

 ここまで野乃花のことが恋しく思えたのは初めてで、それもまた私の罪に思われました。

 彼女はずっと私のために動いてくださいましたのにね。

 隣に憧れの咲希様がいらっしゃって、遠くにいる部下のことを想っているだなんて、馬鹿らしいことです。

 これまでの私はすっかりいなくなってしまったとでもいうのでしょうか。

 そうも虚しいことはありません。


 私と野乃花の関係とは、どのようなものなのでしょう。

 当たり前だった、だから、考えたこともなかった。

 単なる部下、私的な関係は何もありませんが、傍にいてくださるものでした。

 傍にいてくださるのですから、一応は大切を持っていました。

 低い身分で主の隣に立ち、国を惑わす下賤の民のようなものですね。

「……野乃花」

 名前を呼んでしまいましたが、それは音にはなっていないだろうと私には思えます。


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