涙の無表情
「和輝様はそこがお嫌いなのですか」
孤独に震え、今まで一度も感じたことのない恐怖に、和輝は涙を流していた。その様子を見て、楓雅は無機質な声を投げた。和輝は笑顔が多かったので、彼の涙が不思議で不思議で、楓雅は小さく首を傾げた。
「え。楓雅……、ちゃん? ここで何をしているの? てか、その格好どうしたのさ」
涙を拭いて楓雅の方へと顔を向けると、すぐに彼が全裸であることに気が付き、頬を紅潮させ和輝は問い掛けた。暗闇の中で微かな光を反射し、眩いほどに輝く白い肌には。その細く澱みのない、ただ美しい体のラインには、和輝としては見惚れる他なかった。
「寝起きですので、服を着るのを忘れておりました。申し訳ございません。和輝様のすすり泣く声が聞こえてきて、止められなかったのです」
そうは言いながらも楓雅には、美しい体を隠す様子もない。惜し気もなくその裸体を晒し、悲しげに瞳を伏せた。全てが儚げで美しく、和輝は涙を溢れさせた。
「楓雅ちゃん、優しいんだね」
ゆっくりと楓雅の方へと歩み寄り、左手では檻を握り右手は檻の間から楓雅の方へと手を伸ばす。そんな和輝に対して、楓雅はそっと近寄っていき、白く細い両手で和輝の右手を包み込んだ。その手から全く感じない温もりに、そのあまりの冷たさに和輝はぞっとした。
「体、冷えているんじゃないの? 季節はもう初夏で暖かい。だけど、裸でいるにはちょっと寒いよ」
そう言って和輝は羽織っていた上着を差し出そうとするが、楓雅は和輝の手を握ったままで離さない。簡単に振り解けそうでもあるけれど、和輝はその手を振り解くことが出来なかった。あまりに細くか弱いその手を、振り解くなんて無理に決まっていた。
振り解いてしまえば、もう二度と触れることさえ出来ないような気がしたから。その冷たい手を離してしまっては、このまま彼は氷となってしまうような気がした。氷の華として、大切な人さえも傷付けてしまいそうだった。だから和輝は、楓雅の方から握ってくれている手を、振り解くことなど出来ない。
「私のことを心配して下さっているのですか? 和輝様にとって、私は恨むべき存在の筈です。私のせいで、和輝様はこんなところにいるのですから。和輝様を泣かせてしまっているのも、私なのでしょうから」
いかに悲しげに語ろうとも、楓雅は変わらず無表情であった。その哀れな姿に和輝は、檻を掴んでいた左手も伸ばし、楓雅の腰を抱き寄せた。軽く力を入れただけなのに、楓雅はよろけて和輝の目の前へと。そのまま、檻にこつんとおでこをぶつけてしまった。
「あっごめん、大丈夫だった?」
変わらずに無表情な楓雅だから、和輝は心配になる。赤くなってしまった楓雅のおでこを、和輝が解放された右手で撫でると、白い肌に花を開かせた。