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サクラのキセツ 陰  作者: 斎藤桜
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 和やかな空間が、一瞬にして凍り付いた。無表情に立っているだけだった楓雅が唐突にくないを投げたのである。何事もなかったかのように、変わらず無気力で無表情なままの楓雅であるが、何にも当たらず落下したくないを見て、静かに剣を抜いた。

 さすがの和輝と海人も黙ってしまって、殺気立った沈黙が部屋中に立ち込める。物音一つしない、誰もが息を殺して、少しの音もない静けさに覆い尽くされていた。何も動きはしない、静止画にでもなってしまったかのようであった。

「狙っているのはどなたですか。楓雅ですか。林太様ですか。それとも、和輝様ですか」

 楓雅の言葉が向く先には何もない。壁に声がぶつかるばかりで、何も質問に答えはしなかった。林太は察したようであったが、和輝と海人は突然のことだったせいもあってか、困惑の視線を楓雅に向けている。

「僕だけ言われてないんだけど」なんて、海人に至ってはそう呟いてしまうほどである。

「去ったようですね。しかし、天井に鼠がいるようです。一匹ではなさそうでしたが、そう多くもなさそうですから、二から四というところでしょう。林太様、いかがなさいますか」

 あまりに無機質な声で、機械のような冷たさで、淡々と楓雅は林太に尋ねる。微笑みすら浮かべて、林太に甘えていた楓雅の姿は、もう面影だって残ってはいない。林太の為に尽力する、見る目のない哀れな天才が、そこにあるだけなのであった。

「駆除するまでもない。放っておけ」

 吐き捨てた林太の声も、先程までとは比べものにならないほど冷たく、噂のままの姿である。二人の変貌に着いて行けず、和輝の戸惑いは消えないようであるけれど、比べて海人の方は早かった。いつの間にか海人までもが同じ変貌を遂げているのである。

「その鼠には心当たりがあるね。もしかしたら、僕のペットかもしれないや。ふふっ」

 意味深な笑いに、反射的に楓雅は海人へと剣を向けたが、それは思い直して剣を収める。海人が武器を持っていないこと、そして彼が戦闘をしないということを、楓雅は知っているからだった。海人の場合は、楓雅ほどの剣の達人でなくても、一目瞭然、戦うことは出来ないとすぐに判断を下せるだろう。

 そういうことであるから、楓雅は林太とのやり取りに後は任せることにした。文武両道に秀でた楓雅ではあるけれど、基本的に楓雅が得意としている文というのは、戦略的なものであり話術や交渉術ではない。賢いのは林太もそうなのだから、最終決断を仰ぐ相手でもある林太に、最初から任せてしまおうというのだ。

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