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サクラのキセツ 陰  作者: 斎藤桜
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 嫌味な野乃花の言い方にも、少しも不快に思う様子すら見せず、深雪は相変わらずの満面の笑みであった。上機嫌なはずなどないのだし、それだけに、野乃花には気味が悪く思えてならないのだ。正常の深雪であれば、上手く隠せるであろう鋭い瞳も、野乃花に警戒心を生んだ。

 しかし相手は深雪である。どう考えたって敵だと判断するべきではないし、この状況で、どういった理由を付けても深雪を敵と見做す行動は許されない。目的を探りつつ、間違えなく害であると判断が出来た場合にのみ、即座に対応して動けばよいと野乃花は判断した。

「咲希だって、冷静な平和主義者だよ。違いなんて、消極的か積極的か、それくらいのものだっての」

 十秒ほど、じっくり深雪の言葉を咀嚼してから、野乃花は口元に笑みを浮かべた。深雪の言わんとしているところ、その思惑までもが、彼女にはもう知れたのだ。

「そうでなくちゃ、国など治められない、ですものね。だとしたら、ここの主は、誰よりも冷静な平和主義者です。冷静が過ぎるが為に、その静かさが冷たさを大きく孕んでしまったのでしょう」

 他の人には全く何も理解が出来ていないようではあるが、少なくとも深雪と野乃花との間とでは、会話が成り立っているらしかった。二人は意味深な笑みで挑発的に互いを見て、それからやることは決まっているとでも言うように立ち上がった。

「忍びの本領発揮、だね」

「ノンは忍びではありません。死神さんなら、ノンみたいな人間、ましてや凡人の力など、必要ないでしょうに」

 深雪は軽々と天井へと消え、縄を使って野乃花もどうにか上へと登る。慣れていない野乃花にとっては、埃だらけで汚く、耐えがたいものであったろうが彼女は強い精神力で咳をすることさえ堪えた。

「万が一にノンを探す人があったなら、まずは誤魔化そうとするのです。頭の悪いふりをして、誤魔化すことが下手なふりをして、それとなく本物の嘘へと推測させるのです」

 丁寧に説明をする野乃花に、そこまで言わなくても大丈夫なのではないだろうかと、深雪なんかは思ってしまう。咲希の無理難題に幾度も応えてきた、深雪ならではの発想であるところでもあったが、確かに咲希の側近たちなら誰だって出来ることであったろう。

 それが出来る人が、日良の元には野乃花しかいないと言っても良いくらいであった。最近になって、海人が加わったものだから、その海人を数えたって、たったの二人である。自ら考えるほどの脳を持つ人など、たったの二人しか、日良を選んではくれないのだ。

「偽の嘘は、ノンは厠にでも行っているのだとか、そんなもので構いません。本物の嘘は、そうですね、食糧庫などが最も妥当でしょうか。それとなくですよ、入念に相談もしておかなければいけませんよ、少しの過ちが自分自身を死に追いやるのだと、肝に銘じておくのですね」

 詳しい指示ときつい念押しがあって、やっと野乃花は深雪へと向き直った。暗さの為にはっきりとは見えていないけれど、深雪の表情が表しているのが、明らかに呆れであったものだから、野乃花は悔しさに唇を噛んだ。自軍のレベルの低さを理解しているから、恥ずかしくも思えた。

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