一言
「誰か、私の軍の者には会いませんでしたか? 海人と野乃花を、そして秘かにではありますが、梓を向かわせたのですが」
日良の問い掛けに、咲希は考えるような素振りを見せ、やがて静かに首を横に振る。
「悪いが誰にも会っていない。しかしありがとうな。私のために、そこまでしてくれるとは」
「…………当然でしょう。私は咲希様にお仕えしている身ですよ?」
悲しそうな表情を滲ませながらも、日良は微笑み掛ける。
やはり自分は信じられていなかったのかと、再認識させられるような言葉なのだから、傷付かないはずがない。
そのことを咲希が想像もしてくれないのだから、尚更。
「はっ、よく言うよ。あんな不自然な降伏があるものか」
何か企んでいるだろうと、疑われていることを知っていたとしても、面と向かって言われることが辛くないはずがない。
そのことを咲希の方は全く悟ってくれないのだから、尚更。
疑いが信頼に変わるような、そんな様子さえ、日良には伝わってこないのだから。
「私は本当に咲希様のことが大切なのですよ。咲希様のことを大切に想っている人たちもまた、私にとっては大切な人なのですよ。不格好にかっこつけるものだから、そりゃ怪しいに決まっていますのにね」
日良のその苦笑は、咲希になんと届いたことだろう。
彼女は笑顔で言ったのだった。たった一言で。
「そうだな」と。
その言葉が何に対するものであったかはわからない。
当の咲希にすら、わかっていたかどうかわからない。
けれど日良の心に沁みていくのは、そう言う彼女の笑顔のせいだろう。
陰るところなど少しもない、彼女の笑顔のせいだろう。
「今はまだ私はお前を怪しむだろう。助けてくれたこと、感謝はしている。助けてくれるって、匿ってくれるって、信じていたから、今日だってお前を頼っている。けれどまだ疑い続けるだろうな」
変わらない笑顔のままで咲希は言葉を続ける。
「だか信じきれないのは、お前が悪いんじゃない。私の方の問題だ。だから、あまり思い詰めたような顔をしないでくれ。私の弱さのせいで、誰も信じられなくなっているだけなんだよ」
完璧な咲希の笑顔が、言った途端、苦し気に歪んだ。
それを見た日良は、先程の咲希と同じように、陰るところなど少しもない、満面の笑みと言うに相応しいような笑顔で咲希を向く。
そうしてたった一言、言うのだった。
「そうですね」と。
言葉の意味は、言葉を放った日良が一番わかっていないだろう。




