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サクラのキセツ 陰  作者: 斎藤桜
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目指す場所

 感情を面に出すことが少ない楓雅であるのに、林太が戸惑うほどに、不機嫌を丸出しにしていた。話し掛けても、ぷいとそっぽを向いてしまう。だからといって放っておくと、耳障りな音をわざと立てて、刀を研ぎ出すのだ。そして耐えかねた林太が怒鳴れば、遂に泣き出してしまった。

「……うぅ、林太様が……林太様の馬鹿ぁ……っ。林太様には、楓雅がおりますのに……ひっ」

 困惑した様子ながらも、林太は楓雅を抱き締める。それには抵抗しないものだから、抱き締め優しく頭を撫でながら、不機嫌になっていた理由を問うてみる。暫くは質問に答えず嗚咽を上げていたが、やがて落ち着いたのかその理由を述べる。

「和輝様のご友人の、海人様のことです。見る目のない人は、林太様を極悪非道と非難しますが、彼はそうではありませんでした。林太様の優しさや素晴らしさを、既に見抜いていらしたように思われます。そして林太様も、彼を欲していらっしゃるご様子でした。このままじゃ、私はいらなくなっちゃうって思って……ひっく」

 震えた声で訴える楓雅に、林太は笑みを漏らした。何をしても基本的には無表情で、何を考えているかわからないような楓雅が、そんなことで泣くほど乱していたというのが、可愛らしいと思えてならなかったのである。

「楓雅の代わりなどいない。わしにとって、お前は唯一無二だ。強欲なもので、手にしたいと思うものは数多くあるが、そのどれもお前には及ばない。それくらいのこと、言われなくてもわかれ」

 抱き締める手に力を入れて、林太は楓雅を離さないのだということを示す。細い体は折れてしまいそうだったが、苦しそうながらも、林太に求められていることが楓雅は嬉しくて堪らないようだった。

「じゃあ、林太様は私のこと、捨てないのですか? ずっと、お傍に置いて下さるのですか?」

「当然だろ。わしは大切なものを傷付けたりしない。何も失いたくないし、何も失わせたくない。わしを信じて着いて来てくれている人を、裏切り悲しませるなんてこと、絶対にしない」

 今までいかに傷付けられてきたかが垣間見えるような、悲しげな表情をする楓雅。その唇を強引に奪い、強い決意を込めた言葉を放つ。それはお互いに、二人ともが目指している場所を、確認し直すようなものであった。また、周囲の国から非難され続けているのに、臣下の忠誠を失うことのない、噂とは違う本当の林太の姿が見えるようであった。

 彼らのことを知らない、遠くの方で囁かれている言葉とは似ても似つかない。本当の楓雅と本当の林太というものが、今この瞬間この場所には、二人きりのこの場所には存在しているようであった。

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