大きな夢
答えなんて完全に決まっているくせに、悩んでいるような表情を海人は見せた。その演出は、当然楓雅には見抜かれているけれど、林太に期待を、野乃花に不安を感じさせるには十分だった。
「日良様を裏切るつもりですかっ?!」
「そんなことはしないよ。僕ね、日良様に勝る主君っていないと思ってるんだよね。だけど日良様は咲希様に降伏なさったから、僕が欲しいんだったら、林太様とか言ったっけ? 君もさ、咲希様に降伏したら良いよ」
黙っていなければいけない。自分が出る幕じゃない。そう思いつつも、林太の言葉を否定しない海人に対し、思わず野乃花は怒り交じりに叫んでしまった。彼女は誰よりも日良に心酔しているからこそ、ほんの一瞬でさえも、悩むような仕草を見せることを許したくなかった。
そんな野乃花の叫びに、今度は即答をしてみせる海人。そうしてまっすぐに林太の目を見つめると、失礼なんてレベルじゃない、下手したら殺されるようなことを、平然と言ってみせたのであった。
「反対ってのはどうだ? 咲希がわしに降伏したなら、全てわしのものになる。そうしたらお前も――」
「それは無理な話だね。なんだかちょっと、半端に思えるからさ。頑なに全てを自分のものにすると、そう言うのなら、そんな小さなことは言わないで。戦すらもなくなるくらい、国さえも全てを支配してしまうくらいに、そう言えるくらいに強欲になれば良い。ふふっ、覚悟を決めたらまた誘って、そのときは考えとくから」
自分の立場を理解していないのか、周囲が戸惑うような上から目線で、海人は林太にウィンクまでを決める。それでも微妙にウィンクが出来ていない辺りが、海人らしさの表れというものなのだろう。
「国? それこそ、小さいのではないか? 全てわしのものになる、そう言っただろう?」
堂々とした海人の言い方に、戸惑う様子こそ最初は見せたけれど、更に興味を深めたようで、林太はそのように言ってみせた。海人に対抗するような言葉により、彼に認めさせてやろうと考えたのだ。また、全てを手にする希望も覚悟もあることは、林太にとって嘘とはならない事実だったから。
「へえ、そっか。それは期待出来そうだね。でも、評判ほど悪い人じゃないってわかって、それだけでも僕は満足だなぁ。そこまで考えているんなら、僕は日良様がここに降るとき、きっと君にも従うと思う」
何を思うのか、何も思ってもいないのか、海人は子どものような笑顔を林太に向けて、何も言われていないのにスタスタと野乃花がいる方へと歩いて行ってしまう。同じく全く読めない笑顔を浮かべる楓雅が、隠された心の中で、寂しげな視線を林太に向けているのであった。