勝手な上司
「はぁはぁ、疲れたね」
馬車から降りた海人は、汗を拭きながら同意を求める。他の人だって疲れてはいるだろうが、誰も同意を返さなかったのは、馬を走らせているのと馬車に揺られているのとを、同じにされたくなかったからだろうか。
「こんにちは。僕の名前は海人、お宅に捕まっているであろう、和輝君の友人だよ。彼は僕のものなんでね、悪いけど返して貰いに来たよ」
案の定引き留めた門番に、海人は正直過ぎるくらいに言う。それを見ていた護衛の兵たちは、驚きに満ちた表情を彼に向けていた。しかし全く気にする様子もなく、海人は相変わらず上機嫌にへらへらとした笑顔を浮かべていた。緊張感など欠片ほどもない。さすがにこれには、野乃花も戸惑いの表情を向ける。
「咲希様が捕まったでしょ? で、和輝君ってのはそのおまけで捕まった人。ここにいないというのなら確認させて。和輝君のことを知らないというのなら、一番上の人に確認させてよ」
滅茶苦茶な理論だった。何も知らない林太軍の門番も、海人の隣で黙る野乃花を含めた日良軍の護衛たちも、戸惑うことしか出来ずにいた。完全に海人ワールドに引き込まれてしまったのである。
騒ぎを聞きつけてか、超人的な勘のおかげか、その場に舞い降りた影があった。少しの感情も感じさせない、機械のような青年。その名前を知らない人などどこにもいないであろう。けれど、その姿を知るものはほとんど存在しない。林太軍にその人ありとすらも、もう言われなくなってしまった、天才川上楓雅である。
「ご案内致します。和輝様のご友人なのでしたら、林太様も追い返しはなさらないでしょう」
可愛さを感じさせるもどこか冷たい声が聞こえた。と思うと、楓雅と海人はその場から影すらも消えていた。残された門番と海人の護衛、そして野乃花は、敵であることも驚きも忘れ、呆然としていた。




