一葉の巻
陽の光を浴びて、彼女は目を覚ました。過ごしてきた城はもう奪われてしまったけれど、寝心地の悪い布団ではない。客人としてそれなりのもてなしを受けている。彼女は普段は目覚めが良い方なので、その日は酷く目覚めが悪く嫌な予感を感じていた。
彼女の名前は新井一葉。膝上にまで伸びる黒髪は、光に当てられて光沢を帯びている。黒い瞳には輝きと不安を映していた。
寝巻のままに部屋を飛び出して、彼女は自分の主がいる筈の部屋へと向かった。真面目できちんとした彼女だから、寝起きのままで部屋を出るなんてありえないことである。けれど気のせいとは言えないほどの胸騒ぎと、自分の予感を信じて走った。
何度も戸を叩くが、部屋の中から返事は帰ってこない。まだ寝ているだけかもしれないとは思うが、不安のあまり彼女は主君の部屋に許可なく飛び込む。そして、誰もいない布団を見て崩れ落ちた。開け放たれた窓、そこから吹き込んでくる冷たい風に、彼女は絶望を感じた。
「和輝殿」
いなくなってしまった主君の部屋で、彼女はそう呟いた。そして昔から共に主君を守ってきた存在ではなく、たった数カ月前に現れた男の名前を呼んでいることに驚愕する。そんなことを考えている場合ではないと分かっているから、怒りが込み上げてきてしまった。
変わっていく自分に、大切なものさえ見失い掛けている自分に、怒りが込み上げてきていた。