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サクラのキセツ 陰  作者: 斎藤桜
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屈服

 幸せそうな笑顔で、楓雅は和輝を眺める。そして痛みを耐え噛み締めている唇を、白く細い指で愛おしそうになぞった。その仕草は艶やかで、手足が自由であったなら、我慢出来ず和輝は襲ってしまっていたところだろう。

 しかし今はそんな場合ではなく、体中を襲う痛みに、何も考えられなかった。唇を強く噛んではいるけれど、楓雅の美しい笑顔は目に焼き付けたいようで、涙を溢れさせても、目を瞑ることはしなかった。

「もう嫌だ……。豚、じゃなくて、り……林太様の、ものになるから、……だから……、和輝は助けて欲しい」

 痛みに耐える和輝も辛いものだったが、それを見ている咲希は、もっと辛いようだった。和輝が咲希に救いを求める前に、咲希が悔しそうにしながらも、林太にそう言ったのだ。和輝を助けるようにと、お願いしたのだ。

 拷問器具を持って、楓雅が和輝に歩み寄る。和輝は自分が苦しみたくないから、咲希に救いを求める。優しい咲希は、救いを払うことが出来ず、林太に従う。林太はそうなると思っていたのだ。

 だから、痛いだろうに、自分が救われる条件が示されているというのに、咲希にそれを求めない。そんな和輝の態度は、林太にとって少し気に入らないものであった。咲希が屈したのだから、遂に念願は叶ったのだ。それなのに、和輝のせいで、あまり気分は良くなっていないようである。

「後はもう、楓雅の好きにして良い。……しかし、咲希がこんなことを言うとはな。その言葉に二言がないのなら、わしに着いて来い」

 喜びたいのに嬉しくなくて、微妙に不機嫌な表情で、林太は咲希にそう言った。和輝のことが心配ではあったけれど、ここで従わなければまた苦しむ和輝を見なければならないと思い、咲希は林太の後に続いた。

 お互いの主が去って、部屋には和輝と楓雅の二人きりとなる。楓雅は拷問を続けようかとも思ったが、林太の言葉を思い出して、和輝を優しく地上に下ろしてやる。

 林太は好きにして良いと言った。好きにして良いと言うのならば、楓雅はもっと続けたいと思っていた。だが咲希が林太のものになると誓った場合は、和輝を助けるという約束をしている。助けるというだけだから、怪我をさせない、苦しめないなどという約束はしていない。殺しさえしなければ、約束を破ったことにはならないのだろう。

 それでも、主の顔を立てようと思ったのか、楓雅は和輝に優しく接することにした。咲希の覚悟も見えてしまったから、そうすることしか、もう出来なくなってしまっていたのかもしれない。

「和輝様や咲希様が林太様に失礼な態度を取らない限りは、贅沢を提供するつもりでおります。だから、くれぐれも気を付けて下さいね? 私は和輝様を苦しめたいと思いますが、和輝様は私に苦しめられたいと思ったりしないのでしょうから」

 意味深な笑みを浮かべて、楓雅は最後に微笑んでみせた。それからはもう変わらない無表情に戻ってしまった。

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