早く、早く。
妙に上機嫌な表情で、海人は馬車に乗る。大勢で行ってしまえば、林太に退けられてしまうかもしれないということで、海人と野乃花の他には、護衛として数人の兵が付くだけであった。不安を感じるべき危険な状況なのだが、海人はいつになく上機嫌で、どこか幸せそうな笑顔を浮かべている。
「咲希様が危険に晒されているかもしれないんだ。急いで行くよ」
海人のその言葉で、馬は急発進した。馬車を引くのは護衛の兵が乗る、二匹の馬。馬車に乗っているのは海人一人で、野乃花はその隣を馬で走っている。
本来ならば馬車など使わず、海人も馬に乗って走るべきなのだろう。そちらの方が断然早い。そうではあるのだが、海人は馬になど乗れないし、馬に乗ろうと言う気も、ほんの少しだってなかった。
「揺れるかもしれませんが、速度を上げて大丈夫でしょうか」
戦に自ら出向く咲希みたいな姫は別として、どこぞのお姫様のようなか弱さの海人だから、心配になりながらも、急げという命令なのでそう問い掛けられた。激しい揺れに揺られて、海人が気分を悪くしてしまったという過去があったから、それ以来は海人の乗る馬車はゆっくり丁寧にしか走らないのだ。
しかし今は緊急事態。ゆっくりと、丁寧に走っている暇なんてない。海人自身も口にした通り、咲希が危険に晒されているかもしれないんだ。
「うん、大丈夫だよ。限界まで急いで。車が邪魔なんだったら、僕は馬の後ろにでも乗るよ。大切な人の命が掛かっているんだ」
「はっ!」
声はやはり嬉々としたものだったが、いつになく海人が切羽詰まった状態にあることを、周りの誰もが知った。馬に触れることすら、普段の海人は異常なまでに恐れるので、それに乗るとまで言うのは、意外どころのものではなかった。
海人の言葉もあって、速度が大きく上げられた。忠告した通りかなり揺れて、馬車は全く安定しないので、海人は小さく蹲って早く到着しろと念じた。




