苦しみは蜜
微笑みが強がりだと思ったらしく、舌打ちをした林太は深雪をすぐ牢屋に戻す。深雪を呼んだのは、様子を見ようとしていただけで、林太の楽しみは別にあったからだ。ずっと欲していた咲希を、遂に屈服させることが出来るのである。
しかし咲希がそう簡単に従わないことくらい、林太は重々に理解している。彼にとって、咲希ほどに欲しても手に入らないものは、他に存在しなかった。だからこそ、彼女にはとびきり惨めな思いをさせたくて、何をしてやろうかと楽しみに考えていたのである。
「咲希を呼べ」
近くにいたものに、吐き捨てるようにそう命じると、林太は隣りにいた楓雅を呼び寄せる。
「咲希はきっと、わしに屈せぬし、恐れも抱かぬだろう。和輝といったか? あの男を大切にしているようだから、楓雅、お前は彼のことを呼んできてくれ」
打って変わって優しい声で、囁くように楓雅に命じる。それに対して、楓雅はすぐに出発はせず、笑みを林太に向けた。その笑みが、命令に意見を付け加えるときの笑みであると、林太は分かっているので、無言のままで意見を述べるように促す。
「拷問器具をここにご用意頂けませんか? どうせ咲希様は簡単な脅しでは林太様に従われません。そこで私が、目の前で和輝様を拷問に掛けたいのです。どうか許可を」
「良いだろう。相変わらず、楓雅は人の苦しみを好むのだな。性格の悪い奴め」
「どなたかの影響を受けたせいではありませんかね?」
楓雅の意見が訂正ではなく、希望であったことを珍しく思いながらも、林太は許可を出す。そして他愛もなく、からかい合うように言葉を交わし、楓雅は牢屋へ向かって消滅したかのような速度で走り出す。
眺める暇もないほど、一瞬で消えた楓雅の能力に感心の苦笑を漏らすと、林太はにやける顔を抑えて咲希が連れてこられるのを待つ。