弱っても
「日良様、日良様……日良様」
朦朧としてくる意識の中で、野乃花は何度もその名を呼んだ。まるで何かの呪文であるように、ただ名前を呼び続けた。扉の向こうにいる彼へ、弱々しい彼女の声は届かない。聞こえるはずもないのに、頑なに野乃花は食事もせず眠りもせず、名前を呼んでいた。
「大丈夫ですか? 野乃花、私ですよ、日良です。しっかりして下さい」
二日を掛けて冷静な思考を取り戻した日良は、ゆっくりと部屋の扉を開けようとする。そこで、扉が重いことに気が付いた。野乃花は扉に寄り掛かっていた為、日良に出て来てと呼び掛けているのに、日良を閉じ込める形となっていたのだ。
「……野乃花以外には、誰もいないのですね」
ここまで想ってくれる野乃花に対する申し訳なさと、他に誰もいないという悲しさで、日良は再び引き籠もってしまいそうになる。しかし自分だけではなく、無邪気な少女までを傷付け、命を奪ってしまうかもしれない。自分を信じたが為に、死なせてしまう。それだけは避けたくて、日良は野乃花を傷付けないように、扉を開ける腕に力を込めた。
ただでさえ細いのに、二日前より日良はかなり痩せ細っていた。食事をしていないのと、悲しみとストレスとが原因なのだろう。なんとか隙間を作ると、体を横にして日良は部屋を出て崩れ落ちる。力を使い果たしたとでもいうように、立ち上がることすらままならない彼は、這い蹲るようにして日良は野乃花の傍へと行く。
「私のせいで、こんなに弱ってしまったのですね。私の為に、こんなに弱ってくれたのですね。ありがとう、そして、ごめんなさい」
野乃花の頬を細い指で撫で、日良は立ち上がり壁を伝い歩く。大切にしてくれる人を、失わない為に。




