はじめのよる3
それはいつだってきらきらしていた。
本を開けば物語の世界が目の前に開けて…。
いつだって物語りは私を惹きつける。そのきっかけを作ってくれた人は誰だろう?
思い出そうと記憶の引き出しを引っ張るたびにその人は風化してゆく。
終業式が終わって私、椎谷梓音は冷房の効いた図書室に直行した。貸し出し期限が今日だったのだ。
夏休みに入ると図書室は開放されない。よく図書室を利用する私にとっては絶望的だ。なのでしぶしぶ本を返しにきた。
冷気のめぐる図書室は図書当番の女子生徒が二人、一般生徒が二、三人いる程度。
しん、と静まり返った空間。本の少しほこっりっぽいにおい。窓からのぞく晴天はどこまでも澄んでいて宇宙の果てまで見えそうだ。
明日からは市の図書館に行かなきゃだめね、としょんぼりしつつ私はカウンターに借りていた分厚い本を返却。
物語が終わったとき、その世界は、登場人物たちはどうなっていくんだろう。作者はそれ以上手を加えない。作者に息を吹き込んでもらっていた登場人物たちは動くこともゆるされないんじゃないか。
幼いころの私はそんなことを考えてかわいそうだ、と泣いたことがある。
ある人はこう言った。
「それが死なのかもしれないね。でもほんの一瞬でも誰かの記憶に留まれたならそれは幸せなことなんじゃないかな」
その人のことは顔も声もなにも思い出せない。
そんなことを考えていたら私はいつの間にか本棚の前にいた。並んでいるのは児童向けの童話ばかりだ。高校にこんな本たちが揃えられているのは少し微笑ましい。
私も小さいときは夢中になって読んだものだ。夏休みなんかはとくに。
おもむろに一冊取り出した。
「………なに、これ?」
それは背表紙にも表紙にも題名と作者名が描かれていない真っ白な本だった。