第9話:転調 白い転校生
サスケは教室の机に座って手帳と睨めっこしていた。HRの前だが、調べ上げた情報を整理する事はサスケの日課だ。
毎日様々な情報を仕入れても、何を調べたのか分かるようにしなければ意味がない。新聞部に入部した以上、自分の今までの成果を発揮する日がいつか来るだろう。そう思ってサスケは張り切っていた。
やがて担任の先生が扉を明けて入って来た。もうHRかとサスケが作業を中断すると同時に、先生はサスケが予想もしていない事を言い出した。
「突然だが、転校生を紹介する」
それは本当に急な話だった。サスケも学園の事情通と自負していたのだが、転校生が来るという話は聞いていない。それに六月という中途半端な時期に転校して来たというのも気になる。
何かワケありかもしれないと思っていると、先生が扉を明けて入ってくるよう促した。
この学園では基本的によほど常識はずれではない限り制服はある程度着崩したり改造してもいい事になっている。だから上級生達の殆どはそれぞれ自分だけの制服にしているのだが、その少女は一年生で、しかも転校初日だというのに既に制服を改造していた。
服の至る所にフリルを付けたその服は通常ならば痛々しいのだが、少女が着ているとまるでそれが当たり前であるかのような雰囲気を感じさせる。
そんな扉を開けて教室に入って来た少女に、サスケは目を奪われた。
「それが、それがちょー可愛かったんスよ! もうマジで天使みたいな美少女っス!」
サスケは新聞部の部室に押しかけてくるやいなやそんな事を言い出し始めた。ジュンが落ち着いて何があったか話すように言うと、サスケは改めて朝起きた事を説明した。
それを要約すると、自分のクラスに可愛い転校生が来た。という話で纏まる。
いきなり大声で騒ぎたしたと思ったら、そんなどうでもいい事で騒いでいたのかとジュンは思わず呆れた。ヨウとスイコもサスケから視線を外して読書を再開する。
だが、唯一サスケの話に食いついた人物がいた。音羽はサスケにその転校生について問い詰める。
「それでそれで、その子は一体どんな子なの?」
「えっと髪は綺麗な白で、水色というかシアンみたいな色の透き通った瞳のお人形みたいなスーパー美少女っス!」
「サスケ君! どうしてそんな美少女イベントがあったのに私に教えてくれなかったの!!」
「先輩なんか紹介したら俺の評価がダダ下がりするじゃないっスか!!」
音羽とサスケは互いに憎しみをぶつけ合うバトルを始めた。大声でくだらない事をする二人に呆れながら、ジュンはこの場をどう鎮めようか頭を痛める。
その時、部室の扉がノックされた。この物理準備室は普段は誰も使わないから滅多に来客が来ないのだが、一体誰だろう。
「入部希望者かしら?」
「……今更ありえますか?」
スイコは新聞部に用があるのではないかと考えたが、この時期に部を変える人は滅多にいないだろうとヨウは不審に思う。
何はともあれ来客が現れた以上通すしかない。ジュンは音羽に扉を開けるよう目で訴える。
音羽は仕方ないと思って席を立ち、扉の前まで移動する。そして扉をスライドさせて開けると、そこに彼女はいた。
新雪のようにさらさらと揺れる穢れ無き白い髪、写ったものをそのまま反射させるかのようなシアンの鮮やかな瞳。ツインテールに纏めているからか見た目以上に幼い印象を抱かせる少女は、まるで絵本に出てくる人形が現実に現れたと錯覚させるような雰囲気だった。
「ここが新聞部ですか?」
「そうだが……お前は入部希望者か?」
「別に、それでいいですよ」
少女は自分の髪を弄りながら退屈そうにしてジュンの問いに適当に答える。恐らく一年であろうこの少女が初対面の先輩であるジュンに対してこんなふてぶてしい態度を取った事に皆少なからず困惑する。
そんな中、少女は気のせいか音羽を見ながら自分の名前を告げる。
「初めまして、真白青空です」
青空は部活の見学という事で中央のテーブルから離れた位置にある、ホワイトボードの近くのパイプ椅子に座って部の様子を見る事になった。
思わぬ来客に戸惑った一同だが、取りあえず新聞を完成させる為、会議に集中する事にした。
「ジュン先輩、見出しってゴシック体の方がいいよね」
「ああ、そうしてくれ」
「ヨウ先輩、ここら辺もっと派手に色付けたいス」
「……カラー印刷は出来るのか?」
「三階の視聴覚室なら出来たはずよ。そこをカラフルにする意味は分からないけど」
新聞のレイアウトや内容の添削を全員で話し合いながら進める。それ程大規模な新聞ではない為、順調に内容は決まっていく。
音羽はヨウにプリントを見せながら尋ねる。
「画像の大きさってこれくらいでいいかな」
「それだと文章が収まらないかもしれないな」
音羽は頭を書きながら悩んで困り顔になる。そして、ふと後ろを見るがすぐにプリントへと視線を戻す。
だが、やはり後ろが気になるのか溜息を吐いて顔を後ろに向ける。
青空は自分を見ている音羽に仏頂面で尋ねる。
「何か用ですか?」
「いや、その……やりづらいんだけど」
「私はちゃんと見学の許可を取りましたが?」
青空は上から目線で音羽に反論すると両手を組んで溜息を吐いた。確かにそうなのだが、音羽が気になっているのはそこではない。
少し躊躇ったが、直球で尋ねてみる。
「そうじゃなくて……さっきから、私の事見てない?」
「気のせいじゃないですか?」
青空は音羽の疑惑を突っぱねると顔を横に向けてそっぽを向いてしまう。これでは話も出来ないと音羽は諦めて打ち合わせに戻ろうとする。だが、暫くするとやはり青空が音羽の事を見ていて、視線が気になって集中できない。
音羽が困って溜息を吐くと、この様子を見かねたジュンが手を叩いて皆に呼びかける。
「よし、今日はここまで。続きは明日やろう」
「ハイハーイ! 今から皆でメシ食べに行きたいっス!」
「急だな……」
ヨウはサスケの急な提案に呆れてジュンにどうするのか尋ねる。ジュンは少し考え込むと頷いて答えた。
「まぁ別にいいけど……真白さん、君はどうする?」
「お邪魔でないならご一緒しますよ……先輩は、どうしますか?」
「えっ……だ、大歓迎だよ! あはは……」
突然話を振られた音羽は動揺したものの、すぐに笑って青空に抱きつこうとする。青空は音羽を軽くスルーして、音羽はそのまま壁に激突した。
皆が大笑いする中、ジュンは青空の変な態度を不審に思うのだった。
皆で街のファミレスに行く事になったのだが、それぞれ移動手段が徒歩や自転車でバラバラな為、取りあえず足の速い音羽が先にバイクでファミレスに行って席を取っておく事になった。目的地の店を見つけると裏の駐輪場へバイクを停めて降りる。
するとレッドバットが突然鞄から飛び出した。
「あの転校生、何者だろうな。ずっとお前の事見てたが……」
「あ、やっぱり? 私もそれ気になってたんだよね」
「そうだな。でもお前もちょっと変だったぜ」
レッドバットは音羽に向かってそう言った。音羽は何の事を言われているのか分からず首を傾げる。
音羽の肩に止まると、レッドバット自身も不思議に思っているのか音羽に問いかける。
「前まで転校生の話で盛り上がってた割に殆ど絡まなかったじゃねーか。いつもだったら相手が帰るまでベタベタするのに」
「ああ、そう言えば……なんでだろ」
言われてみれば確かに変な話だ。いつもの音羽なら青空ほどの美少女を前にすればしつこく口説こうと付き纏うはずだ。だが、今回はちょっとしか絡もうとしなかったし青空に見られているのを気になって止めるよう言ったりもした。
どうしてそんな事をしたのか、自分でも分からないのだ。ただ、青空からは他の人とは違う何かを感じたような気がする。
とりあえず店に入ろうと考えた瞬間、いつものあの音が聞こえた。それもかなり近い。
こんな近くで、しかもいきなり警告音が聞こえた事は一度もない。咄嗟に振り返ると、次元が裂けて歪んだ空間が空中に現れている。
そして、その中から梟の姿をした怪人が飛び出して来た。音羽は突っ込んでくる怪人を避けて、怪人はそのまま飛び去ってしまう。
このまま見逃す訳にはいかない。音羽はレッドバットを呼んで右手に掴む。
「レッドバット!」
「おう、リチュアル!」
左手の魔石に噛み付かせると音羽の全身に魔力が行き渡る。レッドバットを前方に突き出すと、その口には灰色のホイストーンが咥えられていた。
そのままベルトの止まり木に装着すると、灰色の波動が周囲に広がる。
「ウルフストーン!」
狼の牙を彩った服が装着され、頭に被った帽子も獰猛な獣の毛皮へと変化してグレーウルフフォームへと直接変身する。
左手にウルフブレイドを持って地面を蹴り上げてファミレスの屋根に飛び移る。
ジュン達が自転車を押して歩きながらファミレスの敷地に来ると、空中から怪人が駐車場へと降り立つ姿が目撃出来た。
サスケが大声でスペイジョンが現れた事を叫ぼうとしたので、ジュンは慌ててその口を抑えて陰へ皆を押し込んで隠れる。
怪人は近くに人間がいないか探ろうとするず、そこで何者かの気配を感じて振り返る。
音羽が屋根に乗って上から怪人を威嚇する。剣を向けられた怪人は両手を広げて不敵に笑いながら構える。一見無防備に見えるが相手の様子を伺っている。
「ガアァッ!」
「フルルッ」
音羽は怪人と同時に動き出した。屋根から飛び降りながら剣を振り下ろすが、怪人が右腕についた翼を振って弾き返す。
それでもすかさず剣を振るが、怪人も応戦して拳で剣を防ぐ。音羽が足を狙って低い体勢のまま剣を振るうが、怪人は空中へと飛び上がって回避する。
そして、空に飛んだまま両手を広げた。すると大量の羽が音羽目掛けて降り注ぎ、音羽の体に命中した一つ一つが火花を散らして爆発する。音羽は堪らず吹っ飛んで地面を転がる。
怪人はその隙を逃さず急降下して突っ込んでくる。
「グアァッ!」
「ウィクター……!」
音羽は左手に怪人の体当たりが直撃し、その衝撃で思わずウルフブレイドを落としてしまう。物陰から見守っていたサスケも、これに思わず不安になってしまう。
怪人は空中からの襲撃を続けて音羽の体に何度も体当たりをぶつける。
何回も攻撃を喰らって怯んでいた音羽だが、怪人が油断して攻撃が雑になったところですかさず右手に力を込める。
右手の拳に狼の頭を模したエネルギーを集めて、それを怪人に叩き込む。
これを喰らった怪人は堪らずに勢いよく吹っ飛ばされて、店を囲うようにして植えられた樹にぶつかる。
だが、すかさず飛び上がるときりもみ回転しながら音羽に向かって突っ込んでくる。まだ殴り返そうとする音羽だが、あまり力が込められなかったのと相手の攻撃が強い事も加えて音羽の方が吹っ飛ばされてしまう。
音羽は尚も立ち上がり、怪人と正面から睨み合う。
「音羽……」
ジュンは小声で音羽の名前を呟いて心配する。信じていない訳ではないが、やはりもしもの事を考えると楽観は出来ない。
しかし自分に出来る事は殆どない。せめて邪魔にならないようにと他の皆が勝手なことをしないか見張るのがせいぜいだろう。
サスケはおろおろと困っていたが、ヨウとスイコは落ち着いて身を潜めている。この二人は冷静で助かったと安心していると、誰かがいない事に気が付いた。
……青空だ。あの転校生がどこにもいないのだ。
一体どこへ行ったのかと振り返ると、そこに青空は立っていた。
何を考えているのか、隠れもせずに堂々と立っており、あまつさえ怪人と音羽に向かって近づきだしたのだ。
「……グルルッ!?」
「フルルッフー……フゥ?」
音羽と怪人は自分達に近付いてくる者の気配を感じて同時に横を見た。そこには青空が物怖じする事なく堂々と一歩ずつ近付いてくる姿が映り込む。
一体何を考えているのかと、荒々しい性格になった音羽も戸惑って立ち尽くす。
全員の注目を浴びながら、青空はそれを気にもとめずに振舞っていた。すると、青空はポケットから何か機械の様な物を取り出した。
そして、左手で自分の事にベルトを巻きつける。しっかりと固定されたベルトには、腹の辺りに青空が右手に持っている機械と同じ模様の機械が取り付けられていた。
そして、青空は右手の機械をナックルを持つようにして握ると、親指でスイッチを押した。
『Stand by』
電子音声が流れると同時に先端が突出してまるで鍵のようになる。青空は左手で機械に付いていた部品をスライドさせる。すると機械の中心に付いていたランプが点灯して水色に輝き始める。
「……変身」
そう宣言した青空は右手に持っていた機械をベルトの部品へ連結させる。そして鍵を開くようにして捻ると右手で持っていた機械だけが回転して半分開いた状態になる。
そして、ベルトから水色の光が広がったかと思うと同時に電子音声が流れる。
『Liberate』
青空の体に人型のエネルギーが纏う様にして重なると、水色の衝撃波が周囲へと広がり地面や壁がバチバチと火花を散らす。
そこに立っていたのは、ただの少女では無かった。
両手両足は勿論、胴体や頭にも水色の機械の装甲を身につけた戦士。長い髪はポニーテールで一つに纏められ、凛とした美しさは見るものを圧倒する。
水色の戦士……エンブルスへと変身した青空は怪人に向かって歩いて近づいていく。
サスケは思わずメモを取り出したものの、動揺して何も書き込めずにいた。驚いたのは他の皆も同じで、ジュンも何が起こったのかすぐには理解出来なかった。
だが、青空が変身した事だけはようやく理解でき、それでもやはり新しい疑問が頭を埋め尽くす。
「あいつ、何者なんだ……?」
「フゥゥゥ!!」
怪人は自分に近付いてくる青空に向かって拳を突き出した。青空はその拳を左手で受け止めると力を込めてそり手を捻る。怪人が痛みで動きを止めた所へ、右手で顔面に向かってパンチを直撃させる。
その威力は相当強く、怪人は何メートルも吹っ飛ばされる。
怪人は両手を広げながら青空に向かって走り出す。音羽にした時と同様に両手の翼で翻弄する作戦なのだろう。
青空はそれを見ても慌てずに腰につけてある大きな十字架を掴む。それは十字架にしては少し長さがそれぞれバラバラだったが、それは使いやすさを追求してのものだ。
一番短い所を掴むと、それを剣として扱う為に一番長い部分を怪人に向けて構える。
怪人が動きを読まれないようにフェイントを交えながら殴りかかるが、青空はそれを正確に見切って十字架の剣、シンパニッシャーで弾き返し、怪人がバランスを崩した所で連続で斬りかかる。
何度も斬り付けられ、その度に体から火花を散らして怪人は苦しむ。
このまま接近戦を続けても駄目だと判断した怪人はまた空中に飛び上がって距離を取ろうとする。
だが、青空は怪人が飛び上がった瞬間にまるで銃を向けるかのようにシンパニッシャーの十字架の横の部分を怪人に向ける。
そしてトリガーを引くと、まるでマシンガンのような弾丸の嵐が怪人を襲う。背中に何発もの銃弾を受けた怪人に地に落ちて倒れる。
そんな怪人に向かって、青空は再び引き金を引いて銃弾を発射するのだった。