第8話:憧憬 鉄槌ブラウンショック
今まで百合要素が殆ど無かったのですが、今回辺りから徐々に増えていくのでお付き合い下さい
「ぐああっ!」
音羽は怪人のタックルをまともに受けて大きく吹っ飛ばされる。胸から火花をバチバチと散らして、地面を転がって校舎にぶつかる。
ふらふらとしながらもなんとか起き上がり、怪人を睨みつける。怪人は余裕の態度で音羽を眺めていた。いつでも倒せる自信があるのだろう。
だが、この怪人が強いのは事実だ。早くトドメを刺さなければと、レッドバットが指示を出す。
「こいつヤバイな。決めちまおうぜ音羽!」
「うん」
「サーペントシューター!」
音羽は銃をレッドバットの前にかざして魔石を共鳴させる。大量の水が現れるとサーペントシューターに集まり、その銃口を怪人に向ける。
そして音羽が必殺の一撃を発射すると同時に、怪人は地面を強く踏みしめた。怪人の前方に強力な重力が掛かり、銃口から発射された水のヘビ型エネルギーは地面に叩きつけられて周囲に水を飛び散らさせる。
まるで滝から溢れたかのような勢いで水が周囲に広がり、水流に押されて細い木の一、二本が倒壊する。
音羽は周囲を慌てて見回すが、怪人の姿がどこにも見当たらない。どうやら隙を見て逃げ出したようだ。
「とんでもない奴だったな……」
「うん……とにかく、一旦校舎に戻ろう。この近くにスペイジョンの反応は無いし」
耳を澄ませても石が震えるような警告音は聞こえない。ひとまずあの怪人が人を襲うのを止めているのは確かだ。
音羽は変身を解いて校舎に戻ることにした。
音羽は校舎が少し騒々しくなっている事に気づき、何かあったのかと不安になる。サスケとヨウが廊下に立っていたのを見つけて、二人に駆け寄る。
「ヨウ君、サスケ君、なんか騒がしくない?」
「大変っスよ音羽先輩! 学園の近くにスペイジョンが現れたって、自警団から連絡が来たんっス!」
「レーダーに反応があったようで、この周囲に潜んでいる可能性があるようです」
さっき戦ったサイの怪人だろう。倒し損ねた事で、反応を捉えられてしまったのだ。
自分が勝っていれば何事もなく終わったのに、と音羽は後悔した。だが落ち込んでいては始まらない、学園からの指示はどうなったのかヨウに尋ねる。
「それで、学園はなんて?」
「全員体育館に集まれって。安全が保証されるまで一箇所に集まらないと駄目らしい」
「それで俺達、音羽先輩を探してたんっス!」
学園は生徒達を一箇所に集めて安全を確保するつもりらしい。確かにバラバラに動かれるよりも全員の行動を把握する為に一箇所に集めるのは悪くないだろう。
それに従う事にした音羽は、二人に連れられて体育館へと向かった。
体育館の扉を開けて中に入ると、そこには既に人だかりが出来ていた。放課後になってからそれなりに時間が経ったからか、大半の生徒は既に下校した後だったようだ。今いるのは部活で残っていた者だけで、数十人程度しかいない。
音羽はジュンとスイコを見つけると側へ駆け寄った。ジュンは音羽が来た事に気がつくと周りに聞かれないように小声で尋ねた。
「どうなったんだ、スペイジョンは」
「倒せなくて……多分、どこかに隠れてると思うんだけど」
「そうか。次戦う時は平気なのか?」
「それは大丈夫。考えがあるから」
どうやら音羽には勝つ算段があるらしい。それなら心配はいらないと安心して、ジュンはさっきまで調べていた事を話し始める。
「資料を調べて改めて分かった事は、スペイジョンの出現頻度が多くなってるのは事実だって事だな」
「ノートを写したのがこれよ」
スイコの差し出したノートを、音羽は受け取って開いた。ヨウとサスケもその後ろから覗き込む。
数年前までは年に数匹現れているだけだったのに対して、最近では数週間で一体や短い時は数日置きに現れている。音羽はざっと目を通していたのだが、ある事が気になってジュンに尋ねた。
「私の知らない個体もポツポツいるけど、こいつらはどうなったの?」
「え、いや知らないな。お前が知らないなら……自警団の人達が倒したんじゃないか? お前だって全部相手してる訳じゃないだろ?」
「そうかな……そうかも」
言われてみれば、確かに全ての怪物を自分が倒した訳ではない。だからそれでも不思議はないのだが、それにしては強そうな個体もいる。本当に自警団でこれらを倒せたのか、不思議だった。
そうして黙ってノートを見ていたのだが、突然サスケが突拍子の無い事を言い出した。
「この辺にスペイジョンが隠れてるかもしれないっスよね? それ探しに行きたいっス」
「駄目だ」
ジュンが即座に却下した。下手をすれば怪人と鉢合わせする可能性があるのだ。そんな危ない事をする訳にはいかない。
それに誰かと一緒にいる時に怪人が現れると、音羽も動きづらくなるだろう。とにかく身長に動くか自警団や学園の判断を待つべきだと考えた所で、後ろから何者かが声を掛けてきた。
「生徒はここで大人しくしていなさい。それが学園の決定よ」
星が腕を組んで鋭い視線でサスケを見つめていた。その後ろにはいつものように弓子が付き添っている。どうやら護衛に戻って来たようだ。
いつにも増して厳しい表情の星に驚いていると、続けて星は話し出す。
「相手は本当に危険な怪物なの。遊び気分で関わらないで」
「それは……そうっスけど」
サスケは文句を言おうとしたが、星の言い分の方が正しい。だがこのまま引き下がりたくないと新聞部の皆に目で訴える。何か反論してくれと。
それに加担する気は全く無かったが、少し気になったヨウが口を開いた。
「確かにサスケの発言は軽率でしたが、一応部の活動ですからそれなりの覚悟をしての物です。むしろ、何故生徒会がそこまでスペイジョンを気にするのかが俺には分からない」
「教えてくれ御言園。どうして生徒会室にスペイジョンの資料が置かれてあったんだ」
ヨウに続いてジュンも胸の中に抱いていた疑問をぶつける。生徒会や星がスペイジョンの事を気にする理由はなんなのか、それが知りたいのだ。
星は二人の質問には答えず、冷たくあしらう。
「その質問に答える必要は無いわ。学園としても生徒会としても、被害を出さない為に生徒にはここで大人しくしていて貰います」
それは明確な拒絶だった。
星には自分達に全てを打ち明けない、高い壁のような物がある。音羽はそれを感じ取って、少し悲しくなった。
一方、校舎の中を数人の教師が見回っていた。怪しい所が無いか調べて、スペイジョンの出現に備える。それに万が一逃げ遅れた生徒がいれば危険だ。
それを保護する為にもこういったパトロールは緊急時でも必要になる。そうして探していると、教師の一人が怪しい人影を見つけた。
「だ、誰だ!?」
懐中電灯の明かりで照らし付けると、その先には一人の男がいた。ガタイのいい筋肉質な体に、知的な眼鏡とスーツはどこかアンバランスな雰囲気を醸し出している。
男はニヤニヤと笑い出すと、拳を握りしめて地面を踏みしめる。全身に力を入れるとその体は変化し始め、サイ型の怪人へと変身した。
教師が悲鳴を上げると同時に怪人はタックルを始めるのだった。
星は新聞部へと注意を告げると、今度は音羽を見て目を細めた。
「魔法さん、貴女も部活や趣味ばかりでなくて、もっと勉学の方に力を入れるように。いつも言っているでしょう」
「いや、それはそれは……あ、御言園先輩がデートしてくれたらやる気が出ます!」
「いつまでもふざけないで」
弓子に頭を掴まれて動きを止められた音羽に向かって呆れながら吐き捨てる。音羽がまた振られたと落ち込んだ瞬間、あの音が聞こえて来た。
スペイジョンが現れた時のあの音だ。すぐに向かおうとしたが、星に手を掴まれて動きが止まる。手を繋げたとドキドキする暇もなく、星は音羽を新聞部の所へと連れて行くと手短に命令する。
「いい? ここで大人しくしているのよ!」
それだけ言うと自分は体育館の外へと飛び出して行ってしまった。呆気に取られた音羽だが、すぐに星の後を追いかけるようにして飛び出す。
皆は慌てて止めようとするが、ジュンがそれを制止して駆け出した。
「俺が連れ戻してくる。お前らは大人しくしとけ!」
「えー、俺も行くっス!」
サスケは自分も行こうとしたが、それをヨウが取り押さえる。スイコは心配になりつつも、ジュンに任せて大人しくする事にした。
ジュンは音羽を追い掛けて走り続ける。
音羽は感じるままに走り続け、やがて星と怪人が向かい合っている姿を目撃した。校舎と校舎を繋ぐ専用通路で睨み合っている。
このままでは危ないと飛び出そうとした所で、弓子に取り押さえられる。音羽は弓子に何をするのかと咎める。
「弓子さん、このままじゃ御言園先輩が!」
「心配ありません、ほら」
弓子が指差す先には、星に向かってタックルを仕掛ける怪人の姿がある。そして、その怪人に向かって星が手を向けると、掌から黒い波動が発生して怪人の体を押し返した。
そして、手を振り下ろすと黒い光弾が発射されて怪人に直撃する。
この光景を呆然と眺めていると、後ろからジュンが追い付いて来た。戸惑う二人に、弓子がどういう事か説明を始める。
「貴方達も知っているのではないですか? 生まれつき魔石が埋め込まれた特別な人がいる事を」
「……極稀に生まれる事があるっていうのは聞いた事がある」
音羽は驚いた。自分の先祖にもそういう人がいたらしいからもしかしてとは思っていたが、生まれつき魔石が埋め込まれている人間というものは他にもいるらしい。
「お嬢様は生まれた時から胸に魔石を宿しています。純正の黒い魔石を」
「純正の黒だと!?」
ジュンはこの事実に激しく動揺した。黒い魔石は全ての魔石の中で最も価値が高く、強い魔力を宿している物だ。人の手で作る事には成功しているが、人工物の力は本物の足元にも及ばない。
黒の魔石は自然物だけが強い魔力を宿す特別な石だ。その価値は欠片だけでも数十億はするという。
そんな魔石を生まれた時から宿しているという事は、今まで聞いた事の無い事例だ。
「ですからお嬢様は昔の時代の魔術師らしく、攻撃魔法も使いこなす事が出来るのです」
「……でも、だったらどうして隠していたんですか?」
「学園や自警団は知っていますよ。時々手を貸しに動いたりもしていますから」
「それで生徒会室にスペイジョンの資料があったのか」
ジュンは合点がいったのか頷いて感心した。だがまだ気になる事がある。
それを音羽が尋ねた。
「でも御言園先輩、さっきから魔石を使っていませんよ? 使えば勝てそうなのに」
確かに星の魔法は立派なのだが、黒の魔石を使っている気配がない。その為怪人は多少怯みはすれどまだ力が有り余っているようだ。
どうして魔石の力を使って強力な攻撃をしないのかと尋ねると、弓子はその理由を冷静に告げる。
「黒の魔石の力は強大過ぎます。スペイジョンは魔石に惹かれて現れる習性も持っていますので……下手に力を使えば、それを引き金に新たなスペイジョンが現れる可能性もあります。現に、一度そうした出来事が起こりました」
「そんな……」
確かに、音羽も赤の魔石を狙ってスペイジョンが襲ってきたのを見た事がある。
だからこの話は本当なのだろうと察するが、そうなると星は全力で戦えない事になる。
「じゃあ先輩は、全力が出せないのに……」
「例え全力が出せなくとも自分に力があるのは事実です。だからお嬢様は戦うのをやめません」
その言葉を聞いて、音羽は自分のお腹に手を当てて俯いた。自分にも魔石が埋め込まれていて、その上ウィクターの力もある。
音羽が戦う事を決めたのは、ウィクターとして戦える力がある事を知ったからだ。もし星と同じ状況で……自分には戦える力があって、でも全力は出せなくて命を狙われる可能性もある。そんな状況で、星のように振る舞えるのだろうか。
星は大変な思いをしているのに、それを生徒達に表立って告げたりもせずに、誰かの為に戦っている。
音羽は、あの人のようになりたいと星を尊敬した。
力があるからじゃない。人を助けるために自分の身を顧みず、限られた力でも恐れずに戦い続ける星の姿に憧れた。
私もああなりたい、自分の心を信じて真っ直ぐに戦いたい。音羽はそう思った。
「くっ!」
星の放った光弾が怪人の重力で叩き落とされて、その隙にタックルを仕掛けてきた怪人の肩にぶつかって星は大きく吹っ飛ばされた。
音羽はもう迷わなかった。陰から飛び出すと星の前に出て怪人と向き合う。
星は突然現れた音羽に驚いて呆然とする。
「魔法さん、貴女どうして」
「レッドバット!」
レッドバットが怪人の背後から現れ、怪人の頭に数回体当たりを喰らわせると音羽の右手に収まる。
それを見て、星は息を呑んだ。あのコウモリは記事で見た事がある。でも、どうして音羽が……もしかして。
ある仮説を浮かべて星はそのまま音羽を見つめる。音羽は迷わずに左手の魔石をレッドバットに噛ませる。
「リチュアル!」
「……変身」
音羽がレッドバットを止まり木に装着すると体が光に包まれ、それが弾け飛ぶとウィクターに変身が完了した。
音羽は怪人に向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。怪人もタックルを仕掛けようと突っ込んできたので、地面を蹴って飛び上がると怪人の体を転がって後ろに回り込み、足を回し蹴りにして転ばせる。
「お嬢様、こちらに」
「……え、ええ」
星は弓子に手を引かれて扉の陰へと隠れる。怪人と戦っているウィクター、音羽を見ながら未だに呆然としていた。
ウィクターの正体があの音羽だとは全く思っていなかった。想定外の人物だった事もあるし、何より内心軽薄だと思っていた人物がウィクターであるという事実に星も流石に理解が追いつかない。
ジュンは星が戸惑っている事を察して話し掛ける。
「俺も最初は驚いたよ。あいつがウィクターだなんて思ってもみなかったからな」
「ええ……でも、どうして彼女が……それに、どうして」
「黙ってた事に対してはおあいこだろ」
星も自分がスペイジョンと戦っていた事を秘密にしていた。だからおあいこだと言ったのだが、星にとってはそれは別問題だった。
星は自分に黒の魔石がある事を大々的に広める訳にはいかなかったという事情もあるし、いたずらに生徒に不安を煽る訳にもいかなかった。それに学生である自分が戦っていると言えば、真似をする子も現れるかもしれない。
これらの事を合わせて、黙っておく必要があった。
だが、彼女の場合は別だ。確かに下手にばらせば身を狙われるかもしれないが、せめて学園の教師や上層部には明かしても良かったはずだ。
それに……少し下衆な発想だが、自分が人々を守ってきたと言えば多少なりとも彼女に憧れる人は現れるだろう。星だって、彼女が人を守るために戦ってきたと知れば見る目を変えたはずだ。
なのにどうして彼女は正体を隠し続けたのだろう。
星がそう悩んでいると、ジュンがその答えを話し始める。
「あいつが言ってたよ。魔法音羽として皆と接するのが楽しくて……失いたくないって」
「……」
「あいつは、お前にウィクターとしてじゃない、本当の魔法音羽として接していきたかったんだよ」
魔法音羽が周りの人との日常を、そこまで大事にしているというのは意外だった。というより、信じられなかった。
ずっと笑ったりしてはいたが、正直ただ何も考えていないタイプの人間だと思っていた。それが、周りの人との普通の関係を大事にしていたというのが、信じられない。
何より、星にとって音羽の印象は手当たり次第女の子に声を掛ける人だ。そんな人間が誰かを大切に思っているというのは、想像出来なかった。
そんな星の心情を察してか、ジュンは吹き出した。だが、その後すぐに低い声で音羽の事を話す。
「お前にとってあいつは色んな女にちょっかい掛けてるだけの馬鹿だろうけど……今なら分かるんだ。あれがあいつの本音なんだって」
「魔法さんの……本音?」
「あいつは皆が本当に大好きなんだよ。俺や深井達みたいな男とも笑って接してるし……本当に皆が好きだから気軽に好きなって言って告白してるんだよ。皆が好きだからそれを守りたくて、黙ってたんだ」
星にはよく分からない考え方だった。人が誰かを大切に思うのは特定の人物に対してだと思っていた。そんな大勢の人の事を思うなんて出来るはずないし、出来たとしたらそれは大した気持ちじゃない。
そう思っていたのに、今戦っている音羽を見ているとそれは真実に思えて来た。
大切に思っているから、ずっと隠していた。ウィクターという特別な存在ではなく、魔法音羽として見て欲しいから皆に黙って笑顔を見せていたのだ。
それだけ、大切に思っていたのだ。
私に対しても、ウィクターである事をひけらかしたりせずに一人の人間として接してきた。好きだから……魔法音羽という一人の人間を見て欲しいから、その姿でずっと私に向かって笑顔でいたのだ。
それが分かった時、胸がドクンと熱くなるのを感じた。それだけ真摯に想われていたと知って、どんどん熱を帯びてくる。
「ぐああっ!」
音羽は怪人のタックルを喰らい、窓を突き破って校舎裏の森にまで落ちた。怪人も窓から飛び降りると地面に着地する。
その瞬間強力な重力が発生して音羽の体が地面に叩きつけられる。その隙に怪人は全力で走り出し、音羽の体を蹴りつける。音羽が転がるとそこへ更に蹴りを叩き込み、何度も何度も繰り返し蹴り続ける。
やがて一際力を込めたキックが繰り出され、音羽の体は大きく吹っ飛んで大木に叩きつけられる。
星達は窓からこの光景を見下ろす。音羽の危機にジュンは不安になる。だが、音羽は勝つ算段があると言っていた。
音羽を信じて、ジュンはこの場で見守り続ける。
「っ、本当に鬱陶しい奴だぜ。音羽、アイツの出番だ」
「はぁはぁ……うん」
音羽はベルトの一番右側にあるホイストーンを掴むとレッドバットに咥えさせる。
「ゴーレムストーン!」
魔石が共鳴して重低音が大地を揺らしながら響き渡る。どこからか人工で作られた固い生物、ゴーレムが飛んできて音羽の体に入り込む。
現れたハンマーを掴むと同時にウィクターの服が変化する。ウルフやサーペントの時は生物的な形状の服に変化したが、今回はゴーレムらしく無機質な装甲に変化していく。
鉄が加工されるような甲高い音が何度も響き、音羽が力強く胸を張ると変身が終了して光が弾け飛ぶ。
ブラウンゴーレムフォームへとフォームチェンジした音羽はハンマーを引き摺りながらゆっくりと歩みだした。ゴーレムハンマーは細長い柄の先にゴーレムの顔が付いた重い武器だ。
鈍く光沢を放つ銅で出来たハンマーが、地面に擦れるたびにバチバチと魔力が弾けて火花のように散っていく。
「ンウ……」
低い声で唸るように声を出した音羽は、正面から堂々と怪人に向かって歩み寄る。
怪人はそんな音羽を嘲笑うと地面を踏みしめて重力を発生させる。それに潰されて、周囲の地面が抉れて木も倒壊する。
ジュンは焦って身を乗り出すが、音羽は倒れていなかった。
むしろ、まるで何事も無かったかのように歩き続けている。今も重力の中にいるというのに、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめる様にして進む。
怪人はタックルで吹っ飛ばそうと何度か足踏みして準備を整えて、全力で駆け出した。今までで一番の速度と威力だ。まともに喰らえばどうなるか分からない。
だが、そんな怪人のタックルを、音羽は左手で頭を掴んで押し止めた。状況が掴めずに怪人がゆっくりと見上げると、音羽が冷たい目でその焦り顔を見下ろしている。
左手を怪人から話すと、その体に張り手を叩き込んだ。そのあまりのパワーに怪人は勢いよく地面を転がる。
何とか起き上がると、音羽がまた怪人に向かって歩いている姿が見えた。プライドを傷つけられ逆上した怪人は怒ってタックルを仕掛ける。
「コノ、ツチニンギョウガァ!」
向かってくる怪人に対して、音羽はハンマーを地面に刺して左手を前に突き出す。そして、怪人が迫って来た瞬間に裏拳でその体を叩き飛ばした。
痛みでふらつく怪人に、音羽は容赦なくゴーレムハンマーを叩きつけた。一発殴る事に怪人の全身に強い衝撃が走り反抗する力が抜けていく。
上から叩けば今度は下から、何度も繰り出される重い一撃に怪人の体は悲鳴を上げて火花を散らす。
ゴーレムと言えば土や石で出来た人造生物がメジャーだ。世のゴーレム使いもその殆どは土人形や石で出来たゴーレムを使役するのだが、音羽の使役しているゴーレムは違った。
音羽の使役するブラウンゴーレムはレッドバットの眷属で、その体は銅で出来ていた。金属に魔力を通わせるのは土や石とは段違いに難しく、必要な魔力も比にならない。
だが、人並み外れた魔力容量を持つ音羽なら、そんなブラウンゴーレムも問題なく使役出来る。魔力を多めに使用する事に目を瞑れば、戦闘力の高い強力なフォームだ。
「フンッ!」
肩を殴りつけた後、両手でハンマーを上に掲げるとそれを思いっきり振り下ろした。頭を叩かれた衝撃で怪人は体をふらふらとよろめかせる。
その隙に、音羽はハンマーを怪人の体に向かって突き出した。突かれた衝撃で怪人はショックで固まる。そして、怪人の体を持ち上げる様にしてハンマーを振り上げて怪人の体を放り投げた。
怪人は空中で木にぶつかって、地面へと落下する。完全に弱りきった怪人を見て、レッドバットが指示を出す。
「トドメだ、ウィクター!」
「ヴウッ」
「ゴーレムハンマー!」
音羽がハンマーの柄をレッドバットの前にかざすと、魔石が共鳴してハンマーに力が注がれる。
音羽は左手の拳を握りしめて力を込める。そしてハンマーを両手で掴むと上に掲げて勢いよく振り下ろして地面に叩きつけた。地面はひび割れを起こして崩れていき、怪人の足場まで到達する。
怪人の足が地割れに巻き込まれて拘束される。逃げようにも足を動かす事が出来ない。
音羽が円を描くようにしてハンマーを振り回すと、空中にエネルギーが集まり始める。それは銅となりまるで人の手のような形へと結合する。
やがて巨大ゴーレムの右手が完成し、音羽はハンマーを思いっきり振り下ろした。その動きに合わせてゴーレムの手も振り下ろされ、怪人の体をいとも簡単に潰した。
音羽の技が終わり、夜が明けて夕方に戻った。
音羽は変身を解くと三階の窓を見上げた。
そこにはジュンや弓子、星が揃って音羽を見下ろしている。音羽は少し躊躇ったが、笑顔で手を振った。
「あの……御言園先輩」
「……」
音羽は星と向き合っていた。弓子は警戒を解く為に報告へ行ったし、ジュンも皆の所へ戻って安心させに行った。残された音羽は星と話さなければならない事があった。
「今まで黙っていてごめんなさい」
「構わないわ。私こそごめんなさい……貴女の事、誤解していたわ」
「いいえ、私は先輩と違って逃げてました。自分の使命とか、やるべき事……考えないで、思うままにしてました」
それでいいと思っていた。自分の感じるままに動けば、きっとそれが正しいと思っていた。
でも、星が人々の為に自分に枷があっても戦っている姿を見て、それでは駄目だと気づいた。自分で考えて、向き合わなければならなかったのだ。
それを教えてくれた星に、お礼を言わなければならない。
「先輩、ありがとうございました。まだどうしたらいいか分かんないけど……でも、なんだか道が開けた気がします」
「私も出来る限り力になるわ。皆の事……頼めるかしら」
「それはやります。どこに現れても、そこに向かって私はスペイジョンを倒します」
自分の道ややりたい事はまだ見つからないが、守る為に戦う事は絶対やめたりしない。
目の前の輝く先輩のようになりたいと、憧れを胸に抱いて。魔法音羽は、今日も笑うのだった。
星はそんな音羽を見て微笑むと、さっと後ろを向いた。赤く染まった頬を隠すようにして、その場を立ち去った。
次元と次元が繋がった場所には、必ず港が設置されてある。不法侵入を防ぐためにも、こうした次元港の存在は異世界と交流を持つと決まった時点で急務として進められた。
今日も仕事や旅行などで人々が行き交う中、一人の少女が次元を超えてマジング港へと足を踏み入れた。審査を通って入国許可を経て、スーツケースを引いて待合所まで足を進める。
二階の窓から街の景色を見下ろして眺める。
魔法と音楽が栄えるこの世界でも、異世界との交流を経て大分近代化が進んでいた。少女の故郷に比べたらまだまだレトロに見えたが、生活に不便はしないだろう。
少女は髪を手で振り払って白い髪で結ったツインテールを揺らし、改めて端末の画面を眺めた。そこには自分がここに来た目的のデータが表示されていて、少女は無言でそれを眺める。
仕事用のデータを見終えると、今度は個人用のデータファイルを開く。そこにも先程載っていた物とほぼ同じ内容が記されていたのだが、このファイルにしか記されていないデータがあった。
「ウィクター……御言園学園二年A組」
「魔法音羽」
その名を呟いた少女……真白青空は端末をスリープモードにすると、それをポケットに仕舞って歩き始めるのだった。