第5話:フェスティバル 秘密に気づく
春の日差しが熱気を増してくる時期に、御言園魔術学園では体育祭が開かれていた。いつもは学園内に生徒がいる時間に殆どの生徒は外に出て競技に参加したりそれを応援していたりしていた。
例に漏れず音羽も学園の生徒として参加している訳だが、その瞳は真っ直ぐとグラウンドの中央を見つめていた。今行われているのは徒競走、足の速さに自信のある代表者がトップを目指して全力で走る。
その体が動く度に体操服がはためいて臍がチラチラ見えて、スボンによって体のラインもはっきりと確認できる。音羽は満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「体操服サイコー! ブルマじゃなくてもエロい!」
「お前は馬鹿か」
恥も知らずに興奮する音羽を、ジュンが後ろからポカリと叩いた。音羽はだらしない顔をしたままへらへら笑い続ける。
「ジュン先輩には分かんないかー、健康的な女のエロスって奴が」
「分かってたまるか」
少なくとも音羽のように煩悩丸出しで興奮したくはなかった。ジュンは呆れた様子で溜息を吐き、そんなジユンを見て音羽は残念そうに話し掛ける。
「そう言えば、結局部の対抗戦出られなかったね」
「まぁ創ったばかりで申請する暇が無かったからな。こればっかりは仕方ないさ」
新聞部を立ち上げるための申請が忙しく、体育祭で行う部活動対抗戦には出られなかったのだ。せっかく新しく部を結成したのに、思い出を作るチャンスをみすみす逃してしまったのだ。
ちょっと残念だと思ったが、こればかりは仕方ないとジュンは諦めていた。そうして話していると、ヨウがジュースを持って現れ二人に差し出した。
「差し入れに来ました」
「おう、サンキュー」
「井口先輩はどこのテントにいますか?」
「スイコは……ああ、あそこだ。二年E組の隣のテント」
スイコがいる場所が分かると、ヨウは頭を下げてスイコにも差し入れを私に向かった。その後ろ姿を見ながらジュンは思わず呟いた。
「いい奴じゃないか。気配り出来て立派だ」
「そんな、照れるなぁ」
「お前には言ってない」
自分が褒められたと言わんばかりの態度で照れる音羽にジュンは適当に突っ込みを入れるとそのまま立ち去ってしまった。そろそろ自分の競技があるからそれに控えて待機しに行ったのだろう。
ぼんやりと音羽が突っ立っていると、その肩をサスケが慌ただしく叩いた。
「音羽先輩、先輩が出る借り物競争もうすぐ始まるっスよ?」
「あ、そうだった」
体育祭には全員最低一つは競技に参加する決まりがある為、サボる事は出来ない。何をするか迷ったが、万が一途中で抜け出しても問題なく進行する借り物競争を選んだのだ。
これなら途中でスペイジョンが現れたとしても、そちらを優先する事が出来る。
ともかくもうすぐ借り物競争が始まる。早く行かなければ遅れてしまうので音羽は入場門へ向かった。
「では皆さん、合図でスタートして箱の中から紙を取り出し、それに書かれている物を係りの人に見せてください」
借り物競争は、まず全員がスタートしていくつか置かれている箱に向かって紙を引く。そしてそこに書かれている物を生徒から借りて体育委員の人に見せるという物だ。赤、青、黄色と順番に三つの色に分かれているから三つ借りてくる事が出来ればそれでゴールという事だろう。
音羽は面倒な物を引かなければいいなと思いながら、合図に合わせてスタートする。誰かにぶつかる事もなく、箱まで辿り着くと中に手を入れて紙を引いた。
「えーと……花か」
音羽は周囲をざっと見渡して頭に花飾りを付けている少女を見つけた。少女のいる所まで駆け寄ると紙を見せて付いてきて欲しいとお願いする。
「これ借りてくるよう支持されたからお願い!」
「じゃあ、どうぞ」
「それだけじゃないよ」
音羽はそっと少女の肩を抱き寄せる。訳が分からない少女は低い声で思わず声を漏らした。
「は?」
「君は花のように美しい……私が皆に見せてあげるよ!」
音羽は少女の肩に手を回したまま走り出し、大声で叫びながら強引に少女を連れて行く。
「皆ー! 魔法音羽が可愛い美少女と一緒に共に歩んでいるよー! もっと見てー!!」
「や、やめて。やめてー!」
少女の悲痛な叫びは音羽の声にかき消され、周囲からの好奇の目に晒される事になる。音羽は満足そうな顔で係りに少女を引き渡すと次の紙を引きに行く。
音羽の次の獲物は一年生だった。比較的小柄な少女に強引に猫耳を被せると抱っこして連れ去る。
「いや! おろして! 誰か助けてー!」
「アハハハハハハ!! アハハハハハ!!」
音羽はすっかり浮かれていた。まさかこんな役得があるとは思っていなかった。これなら大義名分を得て堂々と美少女を連れ回す事が出来るではないか。念入りに少女の柔らかな体を堪能した音羽は最後の指令書を取り出す。
そこには「光るもの」と書かれていた。音羽は暫く真顔でその紙を見つめていたが、やがて口を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべる。
光るものといえば星。星といえば御言園先輩。頭の中でそんな方程式を組み立てた音羽は真っ直ぐ星がいるテントに向かって突っ込んでいく。
「御言園先輩ー! 私と一緒に! 栄光のゴールテープを切りましょうー!!」
「……」
星は、突然自分に向かって爆走して来る音羽を見て目を点にして固まっていた。音羽は今までの人生で最高の笑みを浮かべながら星に飛びついた。
長かった。思えば星に一目惚れしてはや一年。今まで碌に触れる事すら出来なかったが、今なら思いっきりぎゅっとする事が出来るのだ。そんな期待を込めていた音羽を、弓子が容赦なく頭を掴んで停止させた。
先生達も音羽を取り囲むようにして並んでいる。
「魔法、ちょっと反省しようか」
「はい」
やっぱり女の子を無理矢理連れ回すのは問題だったらしい。音羽は諦めて先生達に連行されて行くのだった。
「何でこうなるかなぁ……」
音羽は対抗戦の結果をホワイトボードに書きながら愚痴を零した。色々と暴れまわった罰として、運営の雑用を手伝わなければならなくなった。ちょっと羽目を外しすぎたかな、と反省しつつも溜息を吐く。
せっかく星と密着出来るチャンスだったのに失敗してしまったと落ち込んで俯いた。思ったより反省出来ていない。
そんな音羽の心中を察したのか、弓子が呆れながら話し掛けて来た。
「貴女は本当に年中飽きませんね」
「そこに美少女がいるからね。飽きないよ」
キメ顔で格好つける音羽の顔に弓子は若干いらついたが、ゴホンと咳払いするとある物を見ろと目で合図した。
一体何だろうと視線を弓子が見ている方へずらすと、そこには運営本部のテントで生徒会の人達と一緒に作業している星がいた。星は生徒会長だから本部のテントにいる事は当たり前といえば当たり前なのだが、そこで周りに指示を出して働いている姿は思わず眺めてしまうほど型に嵌っていた。
星を眺めながら、弓子が音羽に喋りかける。
「お嬢様は厳しい。自分にも他人にも妥協を許しません。自分に出来る限りの努力と仕事を限界まで突き詰めて、誰かの為に動けるのです」
「……うん」
それは普段の星を見ていればよく分かる事だった。星は何事にも手を抜かないし、やる気の無い者には厳しい。音羽がよく注意をされるのも普段から勉強や魔法の練習を熱心にしていないのがバレているからだろう。
それでいて星は他人に厳しいだけではない。自分にも厳しくしているのだ。成績がいいのは単に才能があるからではなく、常日頃の努力の結果だ。
そんな星だから、音羽は今でも憧れているのだ。
「弓子さんったら、私だって見た目だけで星さんの事好きになった訳じゃないよ?」
「なら、せいぜいお嬢様に信頼される事ね」
弓子にしては珍しく音羽を励ますかのような台詞を吐いた。もしかしたら出来っこないと分かりきっているから挑発しているのかもしれない。
だがこれしきの事で諦める音羽ではない。一年間ずっと憧れて誘い続けて来たのだ。絶対に付き合っていい関係になってやると意気込む。
その為にもせめてこの罰くらいやり終えなければ、と思ったのだがタイミング悪くあの音が聞こえた。
魔石を通じて聞こえる、震えた透明な音。スペイジョンが現れた事を察知して音羽を誘うあの音だ。
音羽はここでサボったりしたらまた星に呆れられると思ったが、今は構っていられない。弓子に頭を下げてここを任せて抜け出そうとする。
「ごめんなさい弓子さん、どうしても外せない用事があるからちょっと行って来ます! 先生達が来たら言い訳しておいて!」
「……へぇ。そうなの」
呆れたのか驚いているのかよく分からない低い声で弓子は頷いた。
サボリ魔だと思われたかもしれないが、とにかく今は急がなければ。音羽は急いでこの場から立ち去った。
「……ん?」
ジュンは全力疾走でグラウンドから離れていく音羽を見つけて首を傾げた。確かあいつは女の子を強引に連れ回した罰で運営の手伝いをしているはずだ。
なのに何故ここから離れようとしているのかと、ジュンは気になった。仮にその用がなくても、校舎に帰る理由なんてあまり無い筈だ。不審に思って、後を付ける事にした。
音羽がやって来たのは駐輪場だった。そこの一角にバイクを止めるスペースがあるから、バイク通学の音羽がここに来るのは不思議なことではない。だが、今は体育祭の真っ最中なのだ。まさか抜け出して遊ぶつもりなのかとジュンは不安になる。
少し話を聞こうとした瞬間、ジュンは目を疑った。
「レッドバット!」
「おら来たー! リチュアル!」
赤いコウモリが音羽の周りを飛び交ったかと思うと、音羽はそれを掴んで自分の左手を噛ませる。だが、よく見るとコウモリが噛んでいるのは赤い魔石だ。
訳の分からないコウモリがいるのも、音羽の左手に魔石が埋め込まれているのも意味不明だった。一体何が起きているのかとジュンが混乱していると、音羽がある一言を呟いた。
「変身!」
それは無意識の内にジュンにも察しが付いていた事だった。あのコウモリも左手の魔石も、噂で聞いたことがある代物だったから。
だがそれは、簡単に受け入れられる真実ではない。だから考えないようにしていたのに、ジュンの目の前でそれは起こった。
音羽がベルトの止まり木にレッドバットを装着すると同時に光が体を包み込み、瞬く間にその姿を変える。ウィクターに変身した音羽を、ジュンは物陰から呆然と眺めていた。
本当に……本当に音羽がウィクターに変身した。ウィクターの正体が分かった衝撃と、それが知人であった事の衝撃。両方を同時に処理できず、ジュンはただ立ち尽くしていた。
音羽は自分のバイクに乗り込むと、前方のメーターに手を掛けた。音羽の手が触れると、バイクのカラーリングと形状が瞬く間に変化していく。黒を基調にした配色から、赤を貴重に所々にコウモリの装飾が施されたアメリカンバイクへと変化する。
駐輪場内は走行禁止なのだが、音羽は気にせずバイクを走らせて外へと出て行った。その後ろ姿を眺めながら、ジュンは静かに俯くのだった。
市立体育館の入口付近で、カンガルー型の怪人が人を襲っていた。両手にグローブを嵌めて、次々と人々を殴り倒していく。そうして暴れていた怪人だが、バイクが接近してきている音に気が付いた後ろに振り向いた。
音羽がバイクに乗って真っ直ぐに怪人目掛けて走行して、接近する。怪人は人を襲うのをやめてジャンプを繰り返しながら逃走し始めた。驚異的なジャンプ力であっという間に離れてしまう。
だが音羽はバイクで追跡し、徐々に距離を詰めていく。いかにカンガルーの力を持つ怪人でも、ブラッディヴァンプから逃げ切る事は出来なかった。
後ろから追いついて並列した所で、音羽は怪人の脇腹に肘打ちを叩き込む。怪人は転倒して道路を転がり、音羽は引き返して再び怪人に接近する。
怪人は横に飛んで反対車線へと逃走し、それを追い掛けて音羽も交差点を左折する。
「ママ、あれー」
「……きゃっ」
「ウィクターだ!」
逃げる怪人を追い掛けて音羽がバイクで公道を走っていると、すれ違いざまに多くの一般人が口々にウィクターに驚く。その存在は既に広まりつつあったが、こうして街中を堂々と移動するのは滅多にない。
貴重な機会だからと写メを撮ったり驚いて呆然としたりと、反応は人によって様々だ。
だが、音羽はそれに構う余裕はない。車にぶつからないように気をつけながら、速度を上げて追いかける。怪人はなおもしつこく追ってくる音羽にいらつきながら逃走を続ける。
やがて怪人と音羽は人通りの少ない山にまで辿り着いた。道路を走る者は他に存在せず、ここならぶつかる危険はないだろう。そう思った音羽はバイクの速度を上げて最高速に近づける。それを振り切る事は到底無理で、怪人はあえなく追いつかれて轢き飛ばされる。
体を回転させながら転倒する怪人を横目に、音羽は少しずつ速度を落としながら走行して途中でUターンして引き返す。正面から向かってくる音羽に対して、怪人は左右にステップして動揺を誘う。
ぎりぎりで横に飛んで回避しようという魂胆なのだが、音羽は少しも動揺せずに走り続ける。
やがて距離は縮まり、ぶつかるかと思われた瞬間、狙い通り怪人は左に飛んでバイクに轢かれないように回避する。しかし、怪人が真横に来た瞬間に音羽は連続で拳を撃ち込んでまた転ばさせる。
今度は壁に向かって走り、速度を上げる。バイクは緩やかな斜面を登って進み、音羽はその状態から引き返して速度を落とさないまま再度引き返して怪人に向かって全速力で突っ込む。
「グァァァ!!」
我慢の限界を迎えた怪人は怒りながら拳を構える。すれ違いざまに音羽に全力の拳を叩き込むつもりだ。
レッドバットは戦いがこれで終わると察すると止まり木から外れてメーターの上部にくっ付いて連結する。
「これで決めてやろうぜ!」
「……うん」
音羽はベルトの左側にあるシンフォニーストーンを取り出すとレッドバットに咥えさせる。
「シンフォニーストーン!」
魔石の共鳴音が響き渡ると、バイクに秘められた魔力が増幅してエネルギーが集まる。黒いエネルギーの中にキラキラとした輝きが混ざり込み、禍々しいながらどこか美しさを秘めた煌きを纏ってブラッディヴァンプは速度を上げる。
バイクの速度が最高まで高まった所で、音羽は飛び上がってバイクの座席に両足で着地する。腰を低くして構えた状態で真正面から怪人と向かい合う。
「グェーッ!」
「はぁぁ……たぁっ!」
真正面から向かい合った二人は、それぞれジャンプして攻撃を仕掛ける。怪人は跳躍力を生かして飛び上がり、体重と勢いを乗せた拳を叩き込もうと手を前に振り抜く。
音羽はバイクの勢いを利用して前方にジャンプし、最高速で走っていた勢いがそのまま速度へと転換する。
「はぁぁ!」
風を切るような音と共に、高速で飛ばされた音羽の蹴りが怪人の拳を押し切ってそのまま体へと叩き込まれる。一瞬で体を貫いて怪人を爆破させると音羽は勢いを殺す為に地面をスライドで滑る。
ようやく止まったところで、ブラッディヴァンプも音羽を轢かないように直前で停止する。跡形もなく消え去った怪人の、まるで粉々に砕けたガラスのような物で出来た破片を眺めると音羽は学園に戻ることにした。
バイクを走らせて、風を感じながら変身を解除するのだった。
「ふぅ……もう片付けしてるのかな」
音羽はバイクを停めると、既にグラウンドが静かになりつつあるのを感じてぼやいた。
片付けの現場に遅れて合流するのは、いいようのない気まずさがあって苦手だった。とはいえ、もし本当に体育祭が終わっているのなら少しは手伝わなければいけない。
色々と言われても仕方ないと諦めて行こうとした所で、ジュンが立ってこちらを見ている事に気が付いた。
「あれ、先輩どうしてここに? もしかしてまだ体育祭終わってないの?」
だとしてもジュンが駐輪場に来る理由は無いので不自然だ。一体どうしたのかと音羽が尋ねると、ジュンは躊躇しながら口を開いた。
「お前が……ウィクターなのか?」
「うぇっ……」
予想外の事を聞かれて、音羽は思わず変な声を出してしまう。
ジュンの目は真っ直ぐで、冗談を言っている雰囲気ではない。誤魔化すのは無理だと思いながら、音羽は困ったような顔をして頬を掻いた。