第4話:結成 ニュークラブ
「ああ……はぁ……はぁ」
「なーにブツブツ言ってんだ?」
音羽は自分の席に座って、ずっと何か悩んでいた。それを不審に思ったレッドバットが鞄のスキマから何事かと尋ねる。
「ほら……フォームチェンジした時、私って吠えたり笑ったりするでしょ?」
「おう、それがどうした」
「恥ずかしいんだよー、あれ止めたいんだけどー!?」
音羽はジタバタと暴れて抗議する。確かに音羽は戦っている時にフォームチェンジすると威嚇をしたり無邪気に笑ったりしている。
それが恥ずかしくて仕方ないと、文句を言っているのだ。戦っている最中は平気なのだが後から思い出した時に背中がムズムスして仕方ない。どうにかならないかとレッドバットに頼むがどうにもならないと却下される。
「あれはな、俺の眷属であるモンスターの力をお前に負担なく扱わせる為に魔力の流れを調整してんの。結果的にあいつらの魔力とほぼ同じ流れになるからそれに釣られてお前の性格が変わるのは不可抗力なんだよ」
「世知辛い世の中だなー」
「俺から言わせりゃ普段のお前の言動の方が恥ずかしいぜ」
それは自分が女の子達にかけている口説き文句の事だろうか。音羽からしてみたらそこに美少女がいれば声を掛けるのが当たり前なので、文句を言われる筋合いはない。
そうこうしている内にHRが始まり、先生が教室に入って来た。そして、一番に皆に指示を出す。
「では皆さん、先週言った通り何か価値のある物を机の上に出してください」
音羽のクラスに、今日美術館の学芸員が訪ねてくる事になっている。それに合わせて何か珍しい物があれば見てもらおうという事で、それぞれ自分の家から何か持って来るように言われていたのだ。
レッドバットは小声で音羽に何を持って来たのか尋ねる。
「おい音羽、お前何持って来たんだ?」
「鞄の中に入ってるよ」
「…………箱?」
レッドバットはそう言えば自分の隣に何か入っている事を思い出すと暗い中それをまじまじと眺める。そこには何やら箱のような物があった。
音羽は自慢気にその正体を明かす。
「それ凄いんだよ。両手で叩くと空気が飛んでいくんだ」
「ただの空気砲!? これお前の爺ちゃんが作った玩具じゃねーの!?」
レッドバットは思わず突っ込みを入れてしまった。目を凝らしてよく見ると非常にチープな作りだ。これはどう見ても年寄りが子供の頃に作った玩具のような物だ。
他にマシなものは無かったのかと突っ込みを入れるが、音羽は取り合おうとしない。
「これならさ、使わないバイオリンでも持って来た方が良かったんじゃねーの? お前の家、バイオリンなら山ほどあるじゃん」
「やだ。万が一譲って欲しいとか言われたら嫌だもん」
「……そうか」
いつになく低い声で不機嫌になる音羽を見て、逆にレッドバットは嬉しくなった。普段は飄々とした態度で女の子に手を出そうとするが、音楽に対しては感心するほど真摯な態度だ。
きっとこれが本当の音羽なのだと思うとレッドバットは相棒の事を頼もしく思う。
すると、音羽は隣の席の女子が自分を見ている事に気が付いた。周りからは独り言を言っているようにしか見えない為、怪しく見えるのだ。
そこまで気が回らなかった音羽は笑顔で女子に話し掛ける。
「どうしたの平山さん! もしかしてとうとう私とデートしてくれる気になったの!?」
「しません」
「駄目だこりゃ」
やっぱりこいつはどうしようもない奴だと、レッドバットは呆れるのだった。
音羽の空気砲は論外として、他の生徒達が持って来た物もあまり貴重とは言えない物が多かった。普通に考えれば家に年代物の宝が置いてある方が珍しく、更にそれを気軽に持ち出せるとなるとそんな家は存在しないと言っても良かった。
だが、最後に披露された物は皆の注目を大いに集めた。
「これは……凄いわ深井君」
先生も感心した様子で生徒の深井ヨウを褒めた。
ヨウが持って来たのはサッカーボール程の大きさの魔石だった。真紅に輝く石の煌きは見るもの全てを魅了し、その美しさに見惚れる。
音羽も感心して遠くから眺めていたが、レッドバットが鞄の中で暴れだした。
「なに、どうした?」
「どうしたじゃねーよ。お前、あれは赤の魔石だぞ!? お前に適した色の、相性バッチリの最高の魔石だぞ!?」
レッドバットが興奮するのも無理はない。魔石には多くの色があり、それぞれに異なる力や性質が秘められている。人によって適応する魔石の種類はバラバラで、中には一生その魔石と出会えないままの人もいる。
その中でも音羽に適応した赤色の魔石は大変貴重な物だ。一部の色の魔石は人工的に作られて低品質な物なら庶民でも奮発すれば変えなくはない。しかし、赤色の魔石は作るのが難しく未だに人の手で作られた事が無い。
だから音羽は魔石を手に入れて自分の魔力を増幅させるという方法が取れずに先生達もお手上げ状態だったのだ。
音羽が今自分に埋め込んでいる魔石は三つ。ウィクターとして戦えているのも、レッドバットがこれらの石の力を増幅させて高い魔力をコントロール出来るよう制御してくれているからだ。
だから新しい魔石を手に入れれば、コントロールするだけでなく魔力の増幅にも石の力を回すことが出来て、より強くなれるのだ。
「だから音羽、あれ貰ってこい!」
「無理だと思うけど……」
「音羽。ウィクターとして戦ってるのはな、お前自身の修行の為でもあるんだぞ」
それは音羽自身よく分かっているつもりだ。普通の人間なら魔法が下手なだけで済むかもしれないが、音羽の場合は体に直接魔石が埋め込まれている。その為将来体が衰えた時に、魔力を制御出来ずに体が崩壊してしまう恐れがあるのだ。
左手と右足に埋め込まれている魔石は戦っている時以外は使わないから平気なのだが、腹に埋め込まれた魔石は別だ。生まれつき一体化していたからか音羽の魔力の生成から制御まで、深く結びついてしまっている。
それを制御する為にも、ウィクターとなって魔力の制御を体で覚える必要があるのだ。
「その戦いを有利に進める為にも、新しい魔石はあった方がいい。強くないと守る事だって出来ねーんだからな」
「分かった分かった。分かりましたっと」
面倒になった音羽は項垂れながらも了承した。レッドバットの言う事にも一理あるし、期待せずに行けばいいやと考える。
駄目なら駄目で諦めさせたらいいやと、音羽はひとまず寝ることにした。授業中は寝るに限る。
放課後になったので、音羽は先生にヨウが持って来た石をまた見せて貰えないか頼んだ。いきなり欲しいと言っても駄目なのは目に見えているから、まずは軽く様子見だ。
ところが、ここで先生は衝撃の事実を告げた。
「あの魔石なら、学芸員の方からすぐに美術館に飾りたいって申請が来て今から引き渡すところよ」
「え、えー!?」
あまりに急な出来事だった。てっきり暫くは学園で預かって、それから交渉が始まると思っていたからこの展開は想定外だった。
確かに駄目なら駄目でいいと考えていたが、こう出鼻を挫かれると中々ショックだ。そうして落ち込んでいると、ヨウが音羽に話し掛けて来た。
「魔法、お前俺の石に興味あるのか?」
「うん。ほら、私の適合色って、赤色でしょ? だから、ちょっとね」
「そういえばそうだったな……だったら付いて来るか? これから学芸員の人と一緒に魔石を移送するんだが、それに一緒に来ればいい」
ヨウの提案は音羽にとって嬉しい誤算だった。普段あまり喋らないタイプの人だから話したこと無かったのだが、こうして話してみると中々気の利くタイプだ。
もう魔石は貰えそうにないが、折角ならお誘いに乗っておこうと了承した。
「えへへ、楽しみだな」
レッドバットは音羽がこんなに魔石の事で真剣になってくれるなんていい事だと鞄の中で静かに頷いた。ヨウも先生も、普段授業は寝てばかりの音羽がこんな事に興味を持つなんて珍しいと感心する。
音羽はとびっきりの笑顔で告げる。
「学芸員って、きっと美人のお姉さんだよね!!」
先生は勿論、話を聞いていた周りの生徒達も揃ってズッコケるのだった。
音羽は仏頂面でいかにもつまらなさそうな顔をしていた。学芸員の人が美人のお姉さんだと期待していたら、実物はヒョロヒョロのおじさんだったからだ。
先生は学芸員と美術品や骨董品話で花を咲かせているが、音羽とヨウは黙ったままだ。
相手が女の子ではないのが残念だが、こういう場面で話さずに過ごす事は音羽にとって不可能に近い。何か適当に話題を振ろうとヨウに話し掛ける。
「ヨウ君、その魔石どこで見つけたの?」
「これは……二週間前に見つけた。親父の発掘に付き添った時にな」
ヨウの父親は遺跡や古代文明の発掘をするのが仕事で、ヨウ自身も子供の頃からそれにくっ付いていたらしい。
そして、たまたまこの赤い魔石を掘り当てたのだという。
「発掘はいい……貴重な物を見つければ、高く評価される」
「へえ、子供の頃からそれで続けてたの?」
音羽の質問に、ヨウは答えることが出来なかった。小さい頃はただ父が発掘している姿を見て、それを真似るのが好きだっただけだ。
だが……成長するにつれて、評価されて喜ぶ父を見ている内にそれに釣られていたのは事実だ。いつの間にか発掘して評価されるのではなく、評価される為に発掘に行くようになった。
それは間違っているのだろうか、だが評価されて喜ばない人はいない。なら問題は無いのではないか。
そんな事を考えていると、突然トラックが揺れた。振動に備えて近くの物に捕まっていた音羽だが、揺れが収まると同時に外に飛び出した。
すると、そこには亀の姿をした怪人が立っていた。スペイジョンを見つけて、先生は悲鳴をあげた。
「皆逃げて!」
音羽は学芸員とヨウをトラックから引っ張り出す。全員が脱出すると同時に怪人の体当たりでトラックが転倒した。
先生とトラックの運転手は左へ、学芸員とヨウを連れて音羽は反対側へと逃げ出した。怪人は先生達には目もくれずヨウを狙って走ってくる。
そんな気はしていた。スペイジョンは魔石の反応に誘われて現れる事が多いとは聞いていた。だからこうして襲ってくる可能性は少しだけだがあった。
音羽はヨウと学芸員が逃げるのに夢中になっている事を確認すると、二人の目を盗んでこっそり別の岩場に隠れた。
「レッドバット!」
「よーし、リチュアル!」
左手の魔石に噛み付く事で音羽の体に魔力が循環し始める。
「変身!」
ベルトの止まり木にレッドバットを装着させて、音羽はウィクターへと変身した。
岩陰から飛び出して怪人を背中から押さえる。逃げていたヨウは、音羽がいない事に気がついて振り向き、そこでウィクターが来ている事に気が付いた。
「ウィクター……」
ヨウは学芸員と一緒に岩陰に隠れてウィクターの戦いを見守る。両手で魔石の入ったケースを抱きしめ、唾を飲み込む。
音羽は怪人にパンチの連打を浴びせるが、あまり効果は無いようで怪人は不敵に笑っている。亀の姿をしているだけあって体はかなり固く出来ているようだ。
連打ではなく重い一撃を与えなければ駄目だと悟った音羽は、手を引いて体重を乗せた重い拳を怪人の顔面に撃ち込んだ。これには怪人もよろめき、隙を見せる。音羽は怪人の懐に潜り込むと膝蹴りを喰らわせて肘打ちをボディに叩き込んだ。
続けて回し蹴りを喰らわせると怪人は大きく吹き飛んで地面に倒れ込んだ。
どうにか起き上がった怪人は、岩陰にヨウ達が隠れている事に気が付いた。ニヤッと笑うとヨウ達目掛けて走り出す。
ヨウ達が狙われている事に気が付いた音羽は舌打ちをして全力でダッシュした。間に合ってヨウの前に立った音羽だが、そのままヨウを庇って怪人の拳を腹に受けてしまう。
怪人は攻撃を休めることなく浴びせ続け、音羽を思いっきり蹴っ飛ばした。
「ウィクター……」
ヨウは自分が持っている魔石を見つめた。ウィクターは魔石を使う魔法使い。この魔石を渡せばきっと力になる……だが、それでは美術館に寄贈して評価して貰えなくなる。
一瞬迷ったが、ウィクターにこの魔石を託す事にした。自分は迷うよりも先にこれを渡そうとしていた。だったら、その気持ちを信じるだけだ。
「ウィクター、これを使え」
ヨウはケースから魔石を取り出すとウィクター目掛けて放り投げた。音羽は魔石を両手で受け取ってまじまじと見つめる。
すると、魔石は独りでに砕け散ってゴルフボール程の大きさになると右足に吸い込まれる様にして埋め込まれていく。右足に鋭い痛みが走るが、新たな力が宿ったのが感覚で分かる。
ベルトの左側にあるシンフォニーストーンを掴むと、レッドバットに咥えさせる。
「シンフォニーストーン!」
石と石が共鳴し、笛の音の様な透き通った音が周囲に響き渡る。音羽が両手をクロスさせて身を屈めると、空が闇に覆われて夜になる。音羽は怪人に狙いを定めると地面を強く踏みしめて天高く飛び上がる。
満月をバックに音羽は空中で回転すると右足を前に突き出す。音を割る様な勢いで加速した音羽の右足に変化が現れる。一つ目の石が輝いて右足に赤いオーラが纏われ、二つ目の石が輝くとブーツの両側が羽の様に広がる。
強化されたキックを、怪人は自信を持って背中で受け止めようとする。
だが、音羽のキックは怪人の甲羅を打ち砕き、怪人は凄まじい勢いで吹っ飛ばされる。地面をゴロゴロと転がった怪人は動きを止めると爆発して跡形もなく消え去った。
ヨウは怪人が倒された事に安堵するとウィクターの背中を見つめる。どこがで見た事あるような……助けたくなるような、不思議な感覚だった。
「じゃあヨウ君、発掘やめたんだ」
「ああ。昔の素直な気持ちを思い出すためにもな、暫く他の事をやってみたいんだ」
数日後、音羽はヨウを連れて学園の廊下を歩いていた。
結局魔石はウィクターに渡されてしまったという事で美術館に寄贈する話はなくなってしまい、ヨウはその責任も感じて暫く発掘から手を引く事にしたようだ。
ヨウは音羽にある事を尋ねた。
「それで、俺に何の用なんだ?」
「いや、ジュン先輩が暇な奴がいたら連れて来いって言ってたから」
音羽も詳しい事は知らないが、ジュンに呼び出しを食らって放課後ある部屋に来るよう言われたのだ。
一体何があるのか分からないが、ともかく言われた通りにするしかない。音羽は指定された物理準備室に到着すると、ノックをして部屋に足を踏み入れる。
「先輩、何するんですかー?」
「ああ、これで全員みたいだな」
ジュンは音羽の後ろにいるヨウに気がつくと挨拶をして、ひとまず自己紹介をする。
ジュンの他にいるのはスイコとサスケで、音羽には馴染みのある顔ぶれだ。ざっくりと紹介が終わった所でジュンは本題に移った。
「突然だが、俺達は今日から新しい部活を創設する事にした」
それは本当に突然な話だった。確かに前から何か部活動をしないといけないかもしれないと悩んではいたが、急にそんな話を振られるとは思わなかった。
だが言われてみれば、ここにいる面子は部活をしていないメンバーだらけだ。ヨウも発掘をやめた事で時間に空きが出来たし問題はなさそうだ。
もっとも、問題が何一つ無い訳ではない。一番大事な事を音羽は質問した。
「それで、何部を作るの?」
「いい質問だ。俺もずっと悩んでいたんだが……部員の顔ぶれを見て決まったよ」
ジュンはニッと笑うと声高らかに宣言する。
「新聞部。俺達は、今日から新聞部として活動する事にした!」
新聞部、というのは意外だった。確かにこの学園に新聞部は存在していないし、別に滅茶苦茶変な提案という訳でもない。
サスケはすっかり乗り気なようでかなり興奮している。
「俺の血が騒ぐっス! ウィクターの正体を暴けと叫んでるっス!」
何やら不穏なワードが聞こえた。これは考え直した方が良くないかと思ったが、他人に勝手に情報を探られるより自分が探る側になって情報を抑えておいた方がいいかもしれない。
そう思うと悪くないし……何より、このメンバーで部活をするという事に音羽自身楽しみになってきた。
「新聞部創設に反対する奴はいないか?」
ジュンは全員に異議がないか尋ねた。スイコもサスケも、勿論音羽とヨウにも文句は無い。全員頷いて肯定すると、自然と手を出して重ね合う。
「じゃあ改めて……新聞部、結成だ!」
「おー!」
音羽は声を張り上げて手を上に突き上げた。
これから始まる。新しい部活がこのメンバーで始まる。これから先どうなるのか、音羽は期待に胸を膨らませるのだった。
「じゃあ最初の特集は美少女探しにしよう」
「却下だ」
音羽の企画は容赦なくボツにされた。