第12話:マグネット 近くて遠い距離
「…………」
音羽は机に顎を乗せて部室こと物理準備室にいる部員の皆を眺めていた。
ジュンが次の記事の方向性をどうしようか悩んでいると、突然左手をひっくり返して何かを受け取ろうとした。スイコがそれを見てコーヒーを用意してジュンに手渡した。幼馴染みだけあって二人の息はぴったりで何を考えているかすぐに分かるのだろう。
ヨウとサスケが扉を開けて部屋に入って来た。何かネタはないか取材しに行って貰っていたが、どうやら進展は無かったようだ。
「ヨウ先輩、俺が飛び出すタイミング完璧に把握し始めてるっスね」
「分かりやすいからな」
サスケは何か気になるとすぐに飛び出す癖があり、団体行動では皆困り果てていたのだが、最近ヨウはサスケの行動パターンを読んで、飛び出した瞬間に引き止める事が多くなっていた。タイプは全く違う二人だが、案外気が合うようだ。
「……いいなぁ」
音羽は思わず羨ましくて声を漏らしてしまった。こんなふうに信頼し合っている関係を見せられると、自分にも阿吽の呼吸やツーとカー、一心同体の相手が欲しくなる。
ここ最近青空と仲良くなりたくてもやもやとしているから、余計にそんな気持ちが強くなる。
「……ジュン先輩! お願いがあります!」
「な、なんだ急に」
突然席から立ち上がって自分に意見してきた音羽に、ジュンは面食らって動揺する。
音羽は頭を下げて頼み込む。
「次の記事の事なんだけど……取材したい人がいるの!」
「……何の用ですか?」
放課後になった瞬間、教室の席に座っていた青空の元へ音羽が駆け込んで来た為、鬱陶しげにしながら話し掛ける。音羽だけならまだしも、他の新聞部の面子まで一緒にいる。
周りの生徒達が不思議そうにしていたが、サスケが新聞部の取材だと言って気にしないよう呼びかけるとそのまま気にせずに注目を解き始める。
「次の新聞部の記事なんだけど、エンブルスの事を調べたいから青空ちゃんにお話聞きたいなーって」
「へぇ、それで本音は何ですか?」
「青空ちゃんの事もっと知りたいだけだよ? でもこの方が話しやすくていいでしょ?」
普通に話しかけても青空は馴れ合いを拒否するだろう。だから、取材という名目上でなら少しは会話しやすくなるだろうという音羽なりの気遣いと作戦だ。青空はそれを把握する鼻で笑って音羽に言い返す。
「でもこれってずるいですよね? 隠すつもりは無いとは言え、私は自分の秘密を喋るっていうのに先輩は聞くだけで隠し事してるんですから」
「……先輩の隠し事?」
サスケは青空の言っている意味が分からずに首を傾げる。ヨウ達も同じ反応だ。
青空はこれで諦めて帰るだろうと思って目を閉じて腕を組む。今までウィクターである事を隠してきた音羽は、こう言われたら反論出来ないはずだ。
そう思っての発言だったが、音羽はあっさりとこう返した。
「青空ちゃんが話して欲しいならいいよ」
「えっ」
「おい……」
青空は音羽が突然正体を明かす事を構わないと言い出した事に目を見開いて驚く。ジュンも突然そんな事を言い出した音羽に何を言っているのかと止めようとする。
音羽はいつもの明るい笑顔で青空と向かい合って話し出す。
「私はそれくらい本気だよ。青空ちゃんの事、もっと知りたいから。その為なら秘密の一つや二つ構わないもん」
「……分かりました。話しますよ、エンブルスの事だけなら」
「ありがとう!」
調子に乗って抱きつこうとした音羽に、青空は顔面を手で抑えて対処する。いつも通りのオチがついた所で、早速取材を始める事にした。
「まず、どうしてエンブルスというシステムを開発する事になったんだ?」
最初にジュンがエンブルスの開発理由を尋ねた。マイエンスではここ最近のマジング程スペイジョンの脅威は無かったはず。そんな世界でどうして対スペイジョン用のシステムを作ろうとしたのかが気になったのだ。
「殆ど趣味ですかね。一応マイエンスでもスペイジョンの大量発生した時の為のシステムがいるって理由はありますけど、ただの口実です。真白の技術を活かした戦闘システムを開発したくなっただけでしょう」
「はあ、趣味でそこまでやるもんっスかねぇ」
サスケは突拍子もない話に呆然としていた。こんな途方もない資金を掛けてまで作った理由がそんな理由だとは思ってもいなかった。
続いてヨウが質問をする。
「しかし、スペイジョンに対抗するシステムなんてよく作れたな」
「ウィクターの戦闘を参考にしたんですよ。それで武器に効果的な素材を使ったりしたんです。人工で作ったウィクターと言ってもいいですね」
ウィクターの力を参考にしているからスペイジョンに通用する武器を作ったり、この前のようにゥィクターの武器を奪ったり出来たのだ。
この事実に驚きながら、スイコが尋ねた。
「でもそんな物、どうして貴女が使っているの? こういうのって、プロの人に任せるんじゃ……」
「真白が勝手にやってる事だからですよ。装着車なんて誰でも良かった……お父様が許してくれたから、すぐに私はこの世界に来て戦うことにしたんです」
母親は反対していたが、父親の許可でエンブルスの所持を認められた青空がマジンングへと転校した事で一旦は納得したようだ。そこで、戦闘で得たデータを真白の家に送ることを条件にエンブルスの装着を許されたのだという。
「じゃあウィクターと協力しなかったのって、データを送る為っスか?」
ずっと気になっていた事をサスケが尋ねた。どうしてウィクターを攻撃したりしたのかと腑に落ちないでいたのだが、データを集めるためにウィクターの力を借りずに戦おうとしたのだとすれば納得出来なくはない。
だが、青空はそっぽを向いて否定する。
「別に。私は一人でもパーフェクトですから、必要なかっただけです」
青空はそう言って黙り込んだ。もう話す事はないと言いたげにして。
これにはジュン達もどう反応したらいいのか分からず顔を見合わせた。何か事情があっての事だと思っていたが、話を聞く限りただ身勝手なだけだ。
それでも音羽は正面から優しく語りかける。
「どうして? 別に一人でやらないといけない訳じゃないよね?」
「……私がやると言い出した事だから。他人の手を借りたくないんです、私は……いつだってそうやって一人でやって来ました」
青空の顔にどこか翳りが見えた気がして、音羽はこれは青空の本心ではないのだと察した。どんな事情があったかは分からないが、好き好んで一人でいたい訳じゃ無い。ただ意固地になっているだけだ。
そう思った音羽は、ガバっと青空に抱きついた。
「もー、可愛いな青空ちゃんはー! 意地張っちゃってー!!」
「な、ちょ、やめてください!」
密着して頬を擦り合わせてくる音羽を、青空は狼狽えながら押しのけようとする。しかし音羽の力は強く、簡単には離れない。
さっきまでの緊張した空気はどこかへ行ってしまい、緩んだ雰囲気にジュンは呆れて溜息を吐いた。
だがこうして自分のペースに引き込むのは音羽の良いところだ。
「ほらほら、私に全部身を任せてよグフフ……」
「気持ち悪いです死んでください」
(い、良いところだよな?)
ジュンは自分の考えが正しいのか分からなくなった。
音羽によってすっかり皆の緊張は解けて普通に青空と話し始める。青空は音羽を引き剥がし鬱陶しがりながらも無視せずに返してくれる。
今回はこれで少しでも青空と話せるようになったと、音羽は嬉しくなって皆と会話する青空を眺めていた。
そんな時、音羽はスペイジョンが現れた事を警告する音を聞いた。
「っ!」
「先輩どうしたんスか!?」
いきなり飛び出していった音羽を見て、サスケは呆然とする。青空は音羽がスペイジョンの出現を察知したと察してすぐにその後を追いかける。
ジュンは音羽が困らないように追いかけるのを止めようとしたが、既に皆後を追い始めていた。仕方なくジュンも後続について追いかけていく。
「どこ……近い」
音羽はスペイジョンの気配を探って辺りを警戒しながら走り続ける。反応は大分近いところから来ていて、学園の側に現れる可能性が高い。
学園などの施設は魔石があるからか、やはりスペイジョンはそれに惹かれて現れるようだ。
やがて校庭の方が騒がしくなっている事に気が付いた音羽は、玄関から外へ出た。そこには、既にこちらに向かってくる怪人と逃げ惑う生徒達がいた。
「うわっ、スペイジョン!?」
サスケが追い付いて来て、校庭に怪人がいる事を大声で叫んだ。校庭から逃げて来た生徒と合わせて、騒然として慌ただしくなる。
音羽は変身して戦いたかったのだが、今皆が側にいる状態ではそれも出来ない。
「どいて!」
青空は音羽を突き飛ばして前に出ると、ベルトを巻いてブレイブキーを取り出す。音羽は突き飛ばされた事に驚いて、思わず青空に戸惑いの目を向ける。
青空は変身の準備を整えると、自分を見つめる音羽を睨みつけた。
「私一人で充分です。邪魔しないでください」
『Liberate』
エンブルスへと変身した青空は、シンパニッシャーを構えながら犬の怪人に向かって駆け出していく。
エンブルスの存在と正体を知っている音羽達はともかく、その場にいた生徒達の殆どはスペイジョンと戦う戦士の姿に驚いていた。
そうして周囲が喧騒に包まれている中、音羽は呆然と戦う青空を眺めていた。
確証はないけれど、青空が一人で戦うと言っているのは強がりだ。本当は友達と仲良くしたい女の子なのだと、音羽はそう思って青空に接してきた。
それに間違いはないはずだ。実際、さっきまで皆といた時の青空は本当にたのしそうだった。
なのに、今は青空に明確な拒絶をされた。無理矢理抱きついたからとか、そんな下らない理由じゃない。もっと根の深い問題だ。
信用、されていない。青空は、心の底から音羽を信用出来ていないのだ。だから、背中を預けることも隣に並ぶ事もしないのだ。
音羽はそう思って、悲しくなった。
「ふっ、はぁっ!」
剣で怪人の拳を弾くと、怪人を斬りつける。そのまま流れるように切り裂いていく猛攻に、怪人はなすすべもなく押されていく。
横一閃に斬りつけた一撃が、怪人を大きく吹っ飛ばした。
シンパニッシャーからパニッシャーキーを引き抜くとベルトに差し込んで音を鳴らす。
『Soul Charge』
太陽のエネルギーを背景に両手で強く剣を握り締めると、上から力を込めて怪人を切り裂いた。強烈な一撃を喰らった怪人は、あっというまに爆散して消滅していった。
見事怪人を圧倒して倒してみせた青空を、生徒達はこぞって称えた。青空は皆の賞賛を気にも止めず通り過ぎていったが、目の前に音羽が立ちはだかっている事に気がつくと足を止めた。
向き合う二人を、周囲の皆は何かあったのかと騒めく。
「青空ちゃん、一人で戦う必要なんてないんだよ。私の事、信じて」
「……私は今まで大事な事はずっと一人でやって来ました。今だって変わらない、貴女には関係ありません!」
生徒達はどうして音羽が青空に意見しているのか分からずにひそひそと噂し合う。サスケ達も二人が何の事を言っているのか分からずに戸惑っていた。
青空が一人で戦うことに、どうしてここまで音羽が気にするのかが分からないのだ。
ジュンは二人を心配するが、出来る事は何もない。いつかぶつかるのではと思っていたが、やはり簡単には物事は進まない。
音羽は俯いて黙っていたが、何かを決意したのか青空と正面から向き合って目を合わせる。そして、人差し指を突きつけて宣言した。
「青空ちゃん……私と、決闘して!!」