第11話:シンクロ 心の交差点
「行きましょう! 私の故郷、ハムやけ美術館に!!」
突然そんな事を言い出した音羽を、新聞部の面子は変なものを見る目で見つめた。
新聞を作り終え、次の記事を作るまで暇になった為それぞれ思い思いに部室で過ごしている時にいきなり扉をこじ開けてそんな事を言い出したのだ。
どういう事かスイコが音羽に尋ねる。
「音羽ちゃん、どういう事か一から教えてくれる?」
「コホン。えっとね、来週私の故郷のミューゾングにあるハムやけ美術館で展覧会が開かれるんだ。そこに是非皆で行こうと思って!」
「ああ、思ったよりまともな提案だ」
ジュンはまた音羽が変な事を言い出すのではと警戒していたのだが、その内容が案外普通なものだったので拍子抜けする。美少女が集まるコンテストなどに連れて行こうとすると誰もが予想していただけに、美術館に行こうという発言は意外だった。
ヨウは何故美術館に行こうとするのかと音羽に尋ねた。
「どうして美術館に行きたいんだ?」
「これだよこれこれ!」
音羽は一枚のチラシをテーブルの上に叩きつけた。全員でそれを覗き込んで、何が書かれているか確認する。
そこには『集結 過去からの遺産』という題名と共に多くのバイオリンが載っていた。文章に目を通すと、どうやら昔に作られた希少な楽器を集める展覧会が開かれるらしい。
「……まぁ、お前が興味持つ事と言えばこれくらいしか無いよな」
「そんな人に趣味がないみたいな」
音羽にも好きな事はいっぱいある。美少女ゲームとか美少女が出てくる漫画とか、あとグラビア雑誌鑑賞とか。これだけ多趣味の女の子に向かってなんて失礼なと音羽は頬を膨らませて不機嫌になる。
ともあれ、この展覧会には是非行きたい。音羽は皆に絶対に行こうとねだり始める。
「ね、行こうよ行こうよ! 今週の週末だから!」
「んー……皆、予定は空いてるか?」
ジュンは他の皆に都合が悪くないか尋ねる。皆首を横に振って予定がない事を示し合わせる。皆で行けるなら言ってもいいかとジュンは考えて頷いた。
「よし、じゃあ週末に皆で行こうか。他の世界に行くから、皆パスポート忘れないようにな」
「はーい」
音羽はチラシを手にして展覧会に思いを馳せる。数々の名作に出会えると考えると、今から胸が踊るような気持ちになるのだった。
「あー、早く週末にならないかなー」
音羽は早く週末になって展覧会に行きたいと待ちきれずにいた。廊下を上機嫌にスキップしながら歩いていると、偶然星を見つけた。
音羽は星に駆け寄って話し掛ける。
「星先輩! 今週の週末空いてますか!?」
「えっ……週末はちょっと家の用事があるけれど」
「あー、そうですか……実は、皆で美術館に行くからご一緒したかったんです」
音羽は楽器の展覧会がある事を説明して出来るなら来て欲しいと頼んだが、やはりそう簡単には断れないようだ。
星自身もあまり音楽に興味がない素振りはあったし、無理強いは出来ないと音羽は諦めた。
それならそれで仕方ないと、音羽は星に別れを告げてこの場を離れた。
「……また、誘って頂戴」
「はーい!」
星が小さな声で呟いた言葉を、音羽は聞き逃さなかった。笑顔で手を振りながら別れると次に向かって行動する。
星は駄目だったが、青空を誘ってみよう。彼女が音楽が好きかどうかは分からないが、少しでも距離を詰めるにはこうして趣味を探るしかないだろう。
「ぐへへ、青空ちゃんとデートだデート」
「おい、本音漏れてるぞ音羽」
「はーい青空ちゃーん! 週末に私と素敵なデートバイデートしませんかー!!」
レッドバットの突っ込みを無視して音羽は青空のいるクラスの扉を勢いよく開けて大声で呼びかけた。特徴的な白い髪の美少女を探すものの、どこにも見当たらない。
キョロキョロと周囲を観察する音羽に、サスケが気まずそうに話し掛ける。
「先輩、真白ちゃんもう帰りましたよ」
「おのれー!」
「何故!?」
音羽は憎しみのあまりサスケの首を絞めた。
そして週末が訪れた。次元空港で待ち合わせをした新聞部の一同は音羽の案内に従って切符を買い、次元を越える乗り物へ乗ってミューゾングへと旅立った。
一時間ほど乗り物の中で思い思いに過ごしていたが、無事に次元を越えて到着した。
空港から出てジュンは周囲を見渡した。マジングと親交の深いこの世界の事は前から知っていたものの、実際に訪れるのは初めてだ。信号やデジタル時計など、現代らしい物は一応街中にある。
だが、一部の建物が西洋の城のようにレンガなどで作られているためどこか前時代的な雰囲気が漂っている。
「ここが、お前の故郷なんだな」
「うん。懐かしいな……」
音羽は街を眺めながら思い出に耽っていた。生まれた時からこんな景色に囲まれて、そして周囲が音楽や芸術を大切にしている姿をずっと見てきた。
だから音羽は小さい頃から音楽が大好きだった。母のバイオリンを真似して、それから本格的に教わったりしてより深く音楽と接するようになった。
目を閉じて回想している音羽に、ヨウが肩を叩いて話し掛ける。
「そろそろ移動しないといけないんじゃないか」
「……あ、そうだ! 皆急ごう!」
まったりとしていたが、もう展覧会は始まっている。そんなに混むとは思えないが、出来るなら早めに着いてゆっくり楽しみたい。
音羽の案内に従い、皆は美術館目指して移動を始めた。
美術館に入って受付を通過すると、すぐに数々の古めかしい楽器ががらすけーすに入れられて飾られていた。廊下に並んでいるのは目玉の物に比べればあまり価値は無いのだが、素人目に見ても歴史を感じさせる物が多い。
音羽も一つ一つに目を輝かせて鑑賞し、少しずつ進んでいく。
「そう言えば先輩、先輩は何が目的でここに来たんスか?」
「えへへ、秘密だよサスケ君」
「もったいぶらなくてもいいじゃないっスか」
サスケは音羽に何が目当てなのか尋ねたが、音羽は腕を組んで何かを隠している黒幕の真似をしながら誤魔化した。
すっかり上機嫌になった音羽は、浮かれたまま美術館を練り歩く。
「色んな楽器があるのね。凄いわ」
「俺はあんまり詳しくないからわかんねーけど……でも確かに古いのが多いな」
スイコとジュンは壁に飾られているバイオリンを見て感嘆する。自分の年齢の十倍以上前に作られた楽器という物に、不思議と魅了される。
そうこうしている内に、目当ての物に辿り着いて音羽は目を輝かせながら駆け出した。
「おいおい、走るなよ」
「我慢出来ないよ。ほらほら、見てよコレ!」
音羽の行く先にあるのは古めかしいギターだった。木製ではなく精巧に金属で作られたものらしく光沢を失ったその姿は何百年も前に作られたというのも頷ける。
音羽がギターの目の前にたどり着いてガラスケース越しに指を突きつけると、全く同じタイミングで何者かの指が隣に来て一瞬触れ合った。
「えっ」
「……えっ」
二人は顔を見合わせて思わず声を漏らした。どうしてここにいるのだろう。
そんな疑問で頭が埋め尽くされて思考が停止してしまう。固まって動かなくなった二人は、暫くしてようやく動けるようになった。
青空は、一歩後退りして冷や汗を流しながら音羽に尋ねた。
「ど、どうして貴女がここにいるんですか!?」
「青空ちゃんこそ、なんで……」
動揺しているのは音羽も同じだ。
予期せぬ出会いに、二人は顔を見合わせて黙り込むのだった。
「びっくりだよ。まさかこんなところで青空ちゃんに出くわすなんて」
「それは私の台詞です。魔法先輩なんて芸術から最も遠い存在だと思ってましたから」
「うんうん。やっぱり私達は運命の赤い糸で繋がっているんだね! グヘヘ……」
「やめて下さい。不快です」
いかがわしいことを考えながら抱擁を迫る音羽を引き剥がしながら青空は悪態をつく。ジュン達からしても、ここに青空がいるのは予想外の出来事だった。
一体何が目的で来たのか気になって尋ねてみる。
「真白はどうしてここに来たんだ?」
「展覧会を見に来たに決まってるじゃないですか。特に、このル・クールは是非この目で見てみたかったので」
そう言って青空が見つめたのは、先程二人が近づいて見ていたギターだった。あれはチラシにも一番大きく描かれていて、この展覧会の目玉でもある。
しかし、ジュンからして見ればただの古いギターだ。これを見るためにわざわざやって来るというのは、何とも不思議な話だ。
「ふーん、これがそんなにいいのか?」
いまいち実感が湧かないのでそんな事を口走る。この発言を聞いた瞬間、音羽と青空は身を乗り出してジュンを睨みつけた。
「なんて事を! このギターはただのギターじゃないんだよ!」
「これはグノー・エミールが四百年前に作った名器です! 当時の技術では到底無理だった魔力の変換機構を一番最初に搭載したオーパーツと言ってもいい作品なんですよ!」
「このギターが奏でる音は操者の魔力と連動して無理なく限界まで音を広げることで機械に左右されずに常に最高のパフォーマンスをホール全域に届かせる優れものだっていうのに!」
「現に四百年経った今でも完璧な模造品は作られておらず当時彼が作った物しかこの技術は残されていません!」
「歴史的にも芸術的にも凄い価値の高い、それでいて最高の音を奏でる最高の名器だっていうのに!」
「「それが分からないなんてありえない(ません)!!」」
同時にギターを指差して力説する二人に圧倒されて、ジュンは言葉を失った。様子を見守っていたサスケ達も、二人の勢いに気圧されて固まっている。
ジュンは苦笑いしながら口を開いた。
「お前ら仲いいな」
「……あっ」
青空はここで初めて自分が熱く語っている事に気が付いた。しかもあの音羽と一緒になってだ。周囲を見ると、何人かの人が自分をちらちら見ている。
ただでさえ静かな美術館であれだけ騒いだのだから、目立って当然だ。申し訳なさと恥ずかしさが同時に込み上げてきて、顔の熱が高まってくる。
しかも、肝心の音羽はにへらと陽気に笑っている。一刻も早くこの場から離れたくなった青空ジュン達を押しのけて歩き出す。
「失礼します!」
「あ、青空ちゃん待ってよー」
音羽は立ち去る青空を追い掛けて行く。
音羽は早足で青空に近づくと、両手で青空の手をギュッと握って引き止めた。青空は少し頬を膨らませて不服そうにしながら振り向いた。
「なんですか、鬱陶しい」
「えへへ、なんとなく」
そう言って笑いながら手を離そうとしない音羽に呆れて、青空は振りほどくことを諦める。だが根負けしたと思われるのも不快なので、音羽を無視して歩き始める。
音羽は手を繋いだまま後ろから付いて行き、暫く歩いた所で青空の隣へと前に出る。
「青空ちゃん、何か音楽やってたの?」
「言う必要ありません」
「いいからいいから」
「……ギターを、ちょっとだけやってました。趣味だけですけどね」
部活などでは特に触れていなかったようだが、自分で買って弾いたりしていたらしい。そんな話を聞いて、音羽は自分のことも話し始める。
「私はバイオリンやってたんだ。今でも弾けるんだよ」
「先輩がですか? 嘘っぽいですね」
「本当だよー」
青空は疑わしげに音羽を見つめる。普段の飄々とした態度からは、とてもバイオリンを弾いている姿は想像出来ない。だが先程からバイオリンを見る度に反応しているから、嘘ではないようだ。
最も腕の方はからっきしだろうと青空が考えていると、音羽が自分の事をじっと見つめている事に気が付いた。
ただ見ているだけならまだしも、頬を緩ませて笑っているから余計に気になって仕方がない。青空は音羽に何を考えているのか問い詰める。
「なんですかさっきからヘラヘラ笑って」
「嬉しいからだよ。青空ちゃんと少しでも分かり合えて」
「全然分かり合えてません。もし出来てたとすればそれは貴女の勘違いです」
「勘違いじゃないよ。大好きなことを話してる時の顔、熱くなって夢中になってる時の顔、青空ちゃんの初めてをいっぱい知れたんだもん」
青空は音羽の話を聞いて照れ臭くなったのか、顔を背けて合わせようとしなくなった。音羽はそんな青空と無理に顔を合わせようとせず、ただ隣で歩き続ける。
すぐには気づかなかったのだが、心なしか青空と繋いでいる手の力がちょっとだけ強くなった気がした。
それからも二人は並んで歩いていた。音羽は会話が途切れないように次々と色々な事を喋り続ける。青空は目を合わせずに相槌だけ打っていた。
仲良く会話しているとは言い難いが、それでも青空は決して音羽を無視しようとはしなかった。それが嬉しくて、音羽はどんどんご機嫌になる。
暫く歩いた所で、突然青空が立ち止まった。自分をジッと見つめてくる青空に音羽は笑って見つめ返す。
手を強引に振りほどいて溜息を吐き、音羽に背を向ける。
「お花を摘みに行きます。どこまで付いてくる気ですか?」
「……ご、ごめんね」
トイレの前まで来ていた事に気がつかず、大分気の利かない事をしてしまった。青空の鋭い睨みから逃げるようにして音羽は後退りしてから一目散に走り去った。
さすがに館内を走るのは悪いとすぐに走るのをやめて、立ち止まって通路に設置された椅子に座り込んだ。
そこで、音羽は自分の失態に気が付いた。
「しまった、覗きのチャンスが!」
「何言ってんだお前」
レッドバットが鞄の中から音羽に突っ込みを入れる。いくらなんでもトイレにまで押しかけるのは犯罪だろう。冗談だと笑うが音羽が言うと冗談に聞こえないからタチが悪い。
そうして座ったまま過ごしている時だった。スペイジョンが現れた事を察知する音が音羽に聞こえた。
音羽はすぐに美術館を飛び出して周囲を警戒する。すると、ちょうど空中に次元の裂け目が発生していた。その隙間から一体の怪人が落ちて来て、地面に着地した。
緑色の体表のカメレオンの姿をした怪人は、着地先にたまたま通りすがった人を殴り倒す。これを見て周囲の人々もスペイジョンが現れた事に気がついてパニックになる。
音羽は急いで物陰に隠れると、鞄の中からレッドバットを開放する。
「レッドバット!」
「出番だな、リチュアル!」
音羽の魔力を循環させたレッドバットを、ベルトに装着して音羽はウィクターへ変身した。
「はぁーっ!」
陰から飛び出して怪人に向かって駆け出す。音羽の存在に気づいた怪人は応戦する為に殴りかかってきた。音羽はその拳を回避すると怪人の手を掴んでそのまま受け流す。
地面を転がる怪人に蹴りを入れて怯ませると連続でパンチを叩き込んで追撃に大きく蹴り飛ばす。
「ぐぅー、バァッ!」
「うっ」
怪人は舌を伸ばして音羽の首を絞める。音羽は首に巻き付いた舌を解こうとするが、怪人に振り回されて思うように力が入らない。怪人は音羽を地面に叩きつけると舌を解いて今度は体に直接ぶつける。
肩や腹に当たる度に火花が飛び散り、胸に当たったことで大きく吹っ飛んだ。
ここで、騒ぎを聞きつけたジュン達が美術館の入口にまで出て来た。ジュンは音羽と怪人が戦っているのを確認すると、皆に身を潜めるよう告げる。サスケは思わず飛び出て行こうとしていたのだが、ヨウが襟首を掴んで引き止めてて、強引に引き寄せた。
ここで見守るしかないと考えていたジュンだが、背後に誰かが立っている事に気が付いた。
振り向くと、そこには青空がベルトを腰に巻いて前に飛び出そうとしていた。ジュン達をすっと掻き分けて前進すると、ブレイブキーのスイッチを押して起動させる。
『Stand by』
「変身」
鍵を開くようにしてベルトに繋いで捻ると、水色の光が青空の体を包んでエンブルスへと変身した。青空はシンパニッシャーを腰から掴んで射撃を始める。
銃弾は音羽を巻き込んで怪人に命中し、怪人は吹っ飛んでいく。
「おい、お前何やってんだ!」
「フッ!」
ジュンは音羽を巻き添えにした事を咎めるが、青空は気にも止めずにシンパニッシャーを剣として構えて駆け出した。怪人を斬りつけて怯ませると、追撃に何度も斬りつける。だが力を込めて両手で大きく構えた瞬間、青空の両手が怪人の舌で縛られた。
怪人は青空を自分の元へと引き寄せると、膝蹴りを当てて攻撃し裏拳で殴りつける。
音羽はこれを見てジャンプして接近し、飛び蹴りを怪人に当てて青空から引き離す。だが、怪人は青空を解放すると尻尾を振って二人を大きく吹っ飛ばした。
「くっ」
「あいつの力を借りるか、ウルフストーン!」
音羽はウルスストーンを掴むとそれをレッドバットに咥えさせ、金属が鳴り響くような高い音が鳴り響く。青空はそれを見て腰の右側に取り付けられている鍵の一つを取り出してベルトの開いた部分へと差し込んだ。
『Sound Type α』
先程ウィクターが鳴らした音と全く同じ音が青空のベルトからも鳴り響いた。音羽は一体なんなのか気になりつつも、飛んできたウルフブレイドを掴もうと手を伸ばした。
だが、直前でウルフブレイドは青空の元へと進路を変えて青空が剣を手にする。
「嘘ぉ!?」
「何やってんだあのバカ犬!!」
音羽とレッドバットの動揺を余所に、青空は左手にウルフブレイドを持つとシンパニッシャーと合わせて二刀流で構える。
怪人は舌を伸ばして攻撃するが、青空はそれを掻い潜って接近する。接近された事で怪人は尻尾の攻撃に切り替えるが、青空はそれをシンパニッシャーで受け流してウルフブレイドで斬りつける。
「はっはっやぁっ!」
二つの剣で怒涛の勢いで流れるように斬りつけ、怪人が怯んだ所へX字の斬撃を叩き込む。激しい火花を散らしてよろける怪人に追撃を仕掛けて更に斬りつける。ウルフブレイドで斬った直後にシンパニッシャーで肩に剣を叩きつけ、両手で同時に横一閃の斬撃で怪人を攻撃した。
怪人は大きく吹っ飛んで地面をゴロゴロと転がる。
「ウゥ……ヴヴァーッ!」
突然怪人が唸り声をあげたかと思うと、その姿がみるみるうちに消えていってしまった。カメレオンの力を使い、周囲に色を合わせて擬態したのだろう。どこから来るのか分からない敵に青空は辺りを見回しながら警戒する。
そしていきなり青空の体は見えない力に引きずられて地面を音を立てて擦れていく。装甲が地面に擦れていく事でバチバチと火花を散らせていく。
「たぁっ!」
音羽は大体の予測で怪人がいるであろう位置に飛び蹴りを仕掛ける。姿は見えないが手応えはあり、青空は引きずられなくなり動きが止まる。まだ警戒を怠らず周囲を見回しながら身構える音羽だが、いつまで経っても怪人は仕掛けてこない。
「……逃げられたんじゃないですか?」
「あっ」
青空が咎めるような目で音羽を睨みつける。音羽は申し訳なく思ったが、このまま逃がす気は毛頭ない。ベルトの左側にあるホイストーンを掴むとレッドバットに咥えさせる。
「ヴァンプストーン!」
魔石の共鳴音が鳴り響き、次元の裂け目が出来たかと思うとそこから音羽のバイク、ブラッディヴァンプが飛び出して来た。
「もう一回! ヴァンプストーン!」
音羽はもう一度ホイストーンをレッドバットに咥えさせて音を鳴らす。すると、ブラッディヴァンプはバイクから変形して蝙蝠型のモンスター形態へと姿を変える。
甲高い鳴き声をあげたヴァンプは、背中を向けて音羽に背中に乗るよう促す。音羽は更にサーペントストーンをレッドバットに咥えさせた。
「サーペントストーン!」
金管楽器を吹き鳴らした様な音が響き渡り、サーペントシューターが音羽の元へと飛んできた。その銃を手にするとウィクターの服装が次々と変化していき、グリーンサーペントフォームへと形態を変えた。
音羽はヴァンプの背中に乗って、そのまま空へと飛翔した。
どの建物よりも上へと上昇すると、音羽はヴァンプの頭に手を乗せて念を送る。ヴァンプは鳴き声をあげると口から音波を発して街中を探索する。まるでソナーの様に音波を使って隠れた相手を探索する。
音羽も目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。
そして、音波が怪人の情報をキャッチしてヴァンプが位置を把握する。ヴァンプから音羽にその情報が伝わり、音羽の耳にも怪人の足音がはっきりと聞こえて来た。
右側を向いて街を見下ろし、姿は見えないが怪人がいる場所へと狙いを定める。
「サーペントシューター!」
レッドバットに銃をかざすとエネルギーが集中し、その力が溢れて周辺に雨が降り出す。そんな中、音羽は銃口を怪人に向けてトリガーに指を掛ける。
「……ふふっ」
笑みを浮かべながらもトリガーを引き、銃口から蛇型のエネルギーが発射された。蛇は蛇行しながらも怪人目掛けて素早く接近し、怪人が気づいた時には既に背後まで迫っていた。
背中から肩にかけて噛み付いた事で、毒水が怪人の体内に大量に入り込む。
「グオオオオオ!!」
怪人はうずくまって苦しみ悶え、地面に倒れて跳ね回るがやがて動きを止めて破裂した。
怪人が倒れた事を上空から確認した音羽は、銃口に息を吹きかけて硝煙を消す真似事をして地上へと舞い戻るのであった。
「あ、先輩どこ言ってたんスか!」
「ごめんね皆、道に迷っちゃって……」
無事に怪人を倒した音羽は、変身を解除して皆の元へと戻った。サスケに今まで何をしていたのか聞かれて、とりあえず館内にいたと適当な嘘を吐く。
皆はそれで納得し、ジュンは事情を知っているから特に掘り下げようとはしなかった。
そこで、音羽は青空がいない事に気が付いた。てっきり皆と一緒にいると思っていたから探してもいない事に驚く。
「ジュン先輩、青空ちゃんは?」
「あいつならお前が飛んでいったのを見たら帰っちまったぞ」
ジュンは他の皆に聞こえないように小声で説明する。そして、青空の事について音羽に尋ねる。
「お前ら、あれから喧嘩でもしたのか?」
「仲良くなれたはずなんだけどね……」
初対面や先日に比べれば、青空との距離は縮まったはずだ。だが、それでも戦闘に関して青空との信頼は得られなかったようだ。
でも、あの時繋いだ手に不審感は感じなかったし、戦闘中の冷たい雰囲気よりも通路で話した時のちょっと不器用な方が本当の青空ではないかと、音羽は感じたのだ。
「……駄目だよね、これじゃ」
少しずつ仲良くなれればそれでいいと思っていた。
だが、いつまでもこのままでは戦闘にどんな悪影響を及ぼすか分からない。きちんと分かり合って協力出来るように、どうにかしなければいけない。
音羽はそう誓って、強く拳を握り締めるのだった。