第1話:ウィクター・ソング
えっと、皆さん初めまして。私の名前は音羽、魔法音羽って言います。
私が住んでいる世界、マジングは数ある世界の内の一つです。私は専門家じゃないから詳しい事は知らないけど、複数の世界が繋がって交流をしているのが私達にとっての常識。
かくいう私も、マジングとは別の世界の出身なんだ。お父さんの仕事の都合でここに引っ越して来た……のは良いんだけど、お母さんも忙しくなって、結局私は一人暮らしする事になりました。
学園には寮があるから、最初からそっちに行ってれば良かったと後悔してる。一々学校までバイクで通うの面倒なんだよね。
私の通っている学園の名前は御言園魔術学園。魔術を教える専門校みたいな物かな?
理由を話すと長くなるんだけど……とりあえず、魔法を使えるようになりたいって人は多いからこの学園は大人気。マジングは他の世界に比べてもこんな魔法学校が多めにある世界。
私もここの生徒だから魔法は使えるんだけど……成績は下から数えた方が早いんだ。
さて、私がこんなつまらない事を独りで考えているのには訳がある。それは私が今先輩のパシリというひっじょーにつまらない事をしているからです。
アンパンと牛乳、ありきたりな物を先輩に用意して自分には幕の内弁当を用意。決してこんな嫌がらせをした理由を考えている内に脱線して世界観の説明をし出したとか、そういうのではないからね。誤解しないでよ。
あーやめやめ。こんなつまんない事考えてたら禿げちゃう。なんか別の楽しい事考えよう。
えっと楽しい事楽しい事……辺りを見回して何かないかと探していると、丁度いいものを発見した。善は急げと言わんばかりに私はダッシュで駆け寄る。
「そこのお嬢さん、今から私とお茶でもしませんか?」
そうして私は、いつも通り女の子をナンパするのだった。
突然ナンパして来た音羽に女生徒は目を点にして驚いたが、顔を見ると呆れた様な顔をして溜息を吐いた。一緒にいる友達も、同様に呆れているようだ。
音羽はそんな様子を気にも止めず、捲し立てるように口説き続ける。
「可愛いね君、一年生? 後ろのお友達も凄くキュートだね。さぁ、君達と私で天国へランデブーしよう!」
「はぁ……」
まともに受け答えするのも面倒なのか、生徒は適当に相槌を打ちながら興味なさげにしていた。分かり易いぐらい目を逸らしている生徒を見て、音羽は何か閃いたのか背負っていた大きなケースを降ろした。
「分かった、じゃあ特別に素敵な物を聞かせてあげる。ちょっと待っててね、これ開けるのに時間掛かるから……待って、待って待って待って、本当に時間掛かるから、マジで時間掛かるから今逃げるのやめて、オーイ!」
音羽がケースを開けようとしている隙に、女の子達は手早く逃げ去ってしまった。音羽は追いかけようとしたが、それにはまずケースを締める作業をしなければならない。半端に開けてしまったせいで時間が掛かり、気づいた時には女の子は影も形も無くなっていた。
あまりの喪失感に音羽は膝をついてうな垂れた。やってしまった。こうして逃げられるのは今までに何回も経験している。だが、いつも無意識にあれを弾こうとしてしまうのだ。
その結果、今のような対処法で自分から逃げられるという話が広まってしまったのだろう。
嘆かわしい事態だと音羽は空を見上げた。
「ああ……何故どの美少女も私とデートの一つもしてくれないんだろう」
「一目見ただけでお前が変態だと分かるからじゃないか」
突然後ろから声を掛けられる。何者かと振り返ると、そこには音羽の先輩がいた。
赤い髪の長身のその男は客観的に見ても中々のイケメンだと言える。音羽は別にときめいたりしないのだが、彼が女子から人気だという事実は妥当な物だと評価している。
ただ、自分ではない人物が女の子から持て囃されている事実はやはり無条件でイライラする。
まぁ今怒っても仕方ないかと音羽は先輩を許してあげる事にして、何用か尋ねた。
「ジュン先輩、どうしたんですかこんな所で」
「お前が昼飯買ってくるって行ったきり帰って来ないから探しに来たんだよ」
はて、と音羽は首を傾げた。
赤川ジュン。この先輩に頼まれて買い出しに行ったはずなのだが、先程の先輩の発言からはまるで私が自分から行ったように聞こえる。
どういう事かと悩んでいると、音羽は忘れていた真実を思い出した。
「ごめんジュン先輩。あまりにパシリが面倒臭くて頭の中で勝手に先輩に押し付けられたことに脳内変換してた」
「お前しまいにはぶっとばすぞ」
呑気に笑いながら謝罪する音羽を見て、ジュンは拳を握りしめて怒りに震える。だが音羽のマイペースは今に始まった事ではない。
アンパンと牛乳を受け取って昼食を摂るジュンだが、音羽がいつになく落ち込んでいるのに気が付いた。心配するだけ無駄だと思いつつも、取りあえず声を掛ける。
「どうしたんだよ、らしくない」
「私の何が駄目なのかなぁ……私なりに誠実にナンパしてるんだけどなぁ」
「誠実ならナンパすんなよ」
容赦ない突っ込みを入れて、ジュンは食事に意識を向ける。その間に音羽は手鏡を取り出して自分の顔を見つめる。
栗色の髪を三つ編みの二つ結びにした髪型は悪くないはずだし、顔だってモンスターみたいな造形ではないはずだ。目はぱっちりしていて奥深い灰色で、童顔に近い顔は可愛らしいはずだ。
にも関わらず、何故か誰一人として「音羽さん素敵! 抱いて!」とは言い出さないのである。
「絶対おかしいよ……どうしてジュン先輩がモテて私はそうじゃないの?」
「女同士はハードル高いんだろ……あとお前俺の事馬鹿にしてるだろ」
「ちょっとだけ」
頭を軽く小突かれて音羽は深い溜息を吐いた。やはり百合は現実ではありえないのだろうか。
でも同性愛者はたくさんいるはずなのに何故私の前には一向に現れないのはやはりおかしい。あれか、私が美少女限定でサーチしてるから駄目なのか。でも私も人間だからせっかくなら美少女がいい。
音羽はそう考えながら周囲を見渡した。
その時、ある人物を見つけて音羽は驚いた。そして素早く行動に移すと、その少女に向かってまたダッシュで駆け寄った。
「こんにちは御言園先輩! こうして出会うなんて私達はやっぱり運命で結ばれているんですね!!」
「……はぁ。こんにちは、魔法さん」
御言園星は溜息を吐くと音羽に挨拶を返した。
見事なほど黒一色の長い髪をストレートに伸ばしている為、少し動く度にさらさらと揺れる。まるで輝いているのではないかと錯覚する程美しく動く髪に音羽は見惚れて顔をにやけさせる。
そんな音羽を、護衛の狭間弓子が頭を掴んで星から引き剥がした。
「お嬢様、今の内に」
「ええ。では魔法さん、ごきげんよう。ちゃんと勉強するのよ」
軽く笑みを浮かべて去って行く星を見ながら、音羽は照れくさそうに頬を緩ませる。
「まいったなー、御言園先輩に励まして貰っちゃった」
「誤解しないように。お嬢様はいつ底辺に落ちても仕方ない貴女の事を哀れに思って慰めてあげただけですから」
「ええー、そんな、慰めるだなんて。弓子さんのH」
「しばきます」
思い切り地面に叩きつけられた音羽はうつ伏せに倒れたまま動けなくなる。数回踏みつけた後弓子も星に付いて行く様にしてこの場を去った。
ジュンは遠くからこの様子を眺めていたが、一人で倒れたままの音羽の側に座り込んだ。
「しかし学園にまで護衛がくっついてくるなんて、さすが学園長の孫ってのは凄いな。筋金入りのお嬢様って感じだ」
「それがいいんだよねー。見た目も性格もお家も良くて。まさにパーフェクト……ああ、彼女になりたい」
「無理無理」
ジュンは音羽の願望を切り捨てた。
御言園星はこの御言園魔術学園学園長の孫娘だ。由緒正しき家柄の生まれで、その才能は学園を代表する程優れている。魔法と学問は常に学年一位で、当然スポーツも万能だ。
万が一危険な目に合わないように学園にいる間すら護衛が付くほど大事にされている。そんな星と音羽がお近づきになれるチャンスなどあるはずがない。
そう何度も言っているのだが、音羽は聞く耳持たない。
「いいや、いつか絶対振り向かせて見せるよ。どれだけ外のガードを固めようと、真に愛し合う者同士なら心の中で繋がり合えるはずだもの!」
「外側すら崩せない奴が何を……」
ジュンは呆れて何も言えなくなった。
こいつの女好きは初めて会った時から知っているが、死ぬまで治りそうもない。いや、死んでも治らないかとジュンは自己完結するのだった。
ついでに、地面に倒れたままの音羽をいい加減に起こしてやった。
放課後になって音羽は家に帰ろうとバイク置き場に向かっていた。そこへ、一人の少年が勢いよく自分に向かって走り込んで来た。
自分の良く知る後輩だと気づいた音羽は、足を止めて少年に声を掛ける。
「サスケ君、なんか用? もしかして可愛い女の子の情報でも手に入った?」
「それ渡しちゃったら後で俺がボコられるから出来ないっス!」
篠田サスケは背筋をピンと伸ばして敬礼すると音羽の望む情報は持っていないと自己申告した。そうと分かった音羽はあからさまにがっかりして肩を落とした。
「そう……で、結局私に何の用?」
「勿論、最近活発になってきたスペイジョンの事っスよ!」
サスケが言いながら見せてきた一面には、でかでかと怪物についての記事が載せられていた。
スペイジョン。世界と世界を繋ぐ空間から生まれるとされている怪物。何百年も前から存在しているらしいが、ここ最近は例を見ないほど頻繁に現れるようになって来ている。
魔術学園が人気になっているのも、スペイジョンの活発化が背景にある。
そうは言っても、よほどの大魔道士でもない限りは自衛レベルの魔法しか覚えられないのが現状だ。
スペイジョンが群れをなす事は今までほぼ存在しなかったため、それでも良かったのだが、最近では強い個体が生まれる事も増えてきているようだ。それで、自警団の戦力不足を指摘する声も上がり始めている。
そう言った記事は今までにも散々見てきたため、音羽はさほど興味は無かったのだが、サスケはまだ言いたい事があるようだ。
「で、大事なのがここから。やっぱり気になるのはこのウィク……」
サスケがそこまで言いかけた所で、音羽は体が震えるのを感じて目を大きく見開いた。
落ち着いて目を閉じて、神経を研ぎ澄まさせる。体の一部……左手と腹に存在する石が震えて、自分にだけ聞こえる音が聞こえてくる。そしてその音が何を伝えようとしているのか、集中して聞こうとする。
石が伝えたい場所を特定した音羽は、サスケが突きつけていた記事を押しのけてバイクに向かって走り始めた。
「ごめんサスケ君、私急用思い出しちゃった!」
「ええ、ここからがいいところなのにぃ!!」
サスケは走り去っていく音羽を見送りながら、不平を零すのだった。
そのスペイジョンは静かに生まれた。世界と世界の狭間から、まるで卵が零れ落ちるかのように、ゆっくりと倒れるようにして大地に降り立つ。
クモの様な見た目をした人型の怪人は、辺りを見回し始める。だが、怪人に理性的な思考はほぼ存在しない。すぐに本能の赴くままに暴れようと、獲物を求めてさまよい始める。
そうして移動し始めた瞬間、怪人は何者かの気配を感じて立ち止まった。
一台のバイクが怪人に向かって真っ直ぐ向かって来ている。誰もいない廃工場にバイクの走行音はよく響き、怪人はいち早くその存在に気がついたのだ。
怪人から20メートル程離れた位置でバイクは止まり、乗っていた人物はバイクからゆっくりと降りた。ヘルメットを外すとグリップに引っ掛けて手袋も外して投げ捨てる。
音羽は、バイクから数歩移動して怪人と向き合うと右手を上げて呼びかける。
「レッドバット!」
「うっし、派手に行こうぜ! リチュアル!」
どこからか赤い蝙蝠が現れて、音羽の右手に収まる形で掴まれた。音羽がそのまま右手を左手に近づけると、レッドバットは音羽の左手に埋め込まれた赤い魔石を可視化させて噛み付いた。
するとどこか心地いいような透き通った音が響き渡り、それに共鳴する形で音羽の腹にベルトと一緒に埋め込まれた赤い魔石が現れる。
「変身」
音羽はレッドバットを腹のベルトに装着させる。レッドバットはまるで止まり木にぶら下がる様にして短い足を引っ掛ける。そして口の裏側が開いたかと思うとそのまま赤い魔石が口に収まる形ではめ込まれる。
するとまた透明感に溢れたキーンと響くような音がして音羽の体が光に包まれる。
服が次々と魔女が着るような怪しげな赤い装束へと変化して、どこからか小さな三角帽が現れて頭にちょこんと乗っかかる。
髪の色も栗色から真紅へと変化して、瞳の色も同様に変化する。そして、体を包んでいた光が弾け飛ぶと同時に変身が完了した。
そこには、魔石の力を使って戦う戦士……ウィクターとなった音羽が立っていた。
音羽は真っ直ぐと怪人へ向かって走り始めた。怪人は蜘蛛の糸を吐いて反撃してくるが、それを巧みに避けながら接近して肩を掴む。
地面に転がせると追い打ちで蹴りを入れ、起き上がった所を思いっきり蹴っ飛ばす。蹴っ飛ばされた怪人はすぐさま起き上がって素早く糸を吐いた。音羽はその糸に当たってしまい、両腕を縛られて動けなくなる。
その隙に怪人は音羽に迫る。
「へっ、させねーよ!」
レッドバットがベルトから離れると、自分の牙で蜘蛛の糸を真っ二つに切り裂いた。間近まで接近していた怪人のか顔面を張り手で叩き返すと、怯んだ怪人に追撃を仕掛ける。
「ハァー!」
連続で拳を腹に打ち込み続け、あまりの攻撃の激しさに怪人は悲鳴を上げて狼狽える。この隙にレッドバットはベルトに戻り、それを確認した音羽は再び怪人を思いっきり蹴っ飛ばした。
怪人は壁に叩きつけられ、地面に倒れる。だが、まだ怪人の気力は尽きていない。ゆっくりと起き上がると、音羽に向かって威嚇をする。
それを見た音羽は、ベルトの左側に納められている物に手を掛けた。
音羽が掴んだ物は、左手や腹に埋め込まれた赤い魔石と同じ物を削って作られた特殊な物だ。笛の様な形状をしたそれをレッドバットに咥えさせる。
すると、音羽の腹に埋め込まれて今はレッドバットの体内に連結している魔石と差し込んだシンフォニーストーンが触れ合う。二つの石が触れ合うことで特殊な音波が発せられ、音羽の魔力を一時的に増加させる。
「よし、シンフォニーストーン!」
レッドバットが叫ぶ事で音波の効果も最終段階へと移る。周囲は闇に包まれ、いつの間にか夜になっていた。怪人は狼狽えて周囲を見回すが、この一帯は完全に月に照らされる夜と化していた。
「ハァー……」
音羽は両手を前で交差させ、姿勢を低くして力を溜め込む。すると周囲からエネルギーが集まり、赤い霧が音羽を包み込んだ。目を閉じて集中していた音羽だが、カッと目を見開いて怪人を睨みつけて狙いを定める。
両足を揃えて強く地面を踏み上げると、天高くへと舞い上がる。そして空中で後方に一回転すると右足を突き出した。音羽の体が急加速して怪人目掛けて強烈な蹴りが繰り出される。
腹にキックの直撃を受けた怪人はまた廃工場の壁に勢いよく叩きつけられる。怪人の体が当たった壁は崩れ落ちて周囲にもヒビが広がっていく。
怪人は悲鳴を上げて倒れこむとそのまま爆散して跡形もなく消え去った。
音羽が立ったまま怪人が本当にいなくなった事を確認し終えると、空が晴れて局地的な夜が明けた。遠くから車が近付いてくる音がしてきた為、レッドバットは音羽にここを立ち去るよう提案した。
「また目立っちまったな。早めに帰ろうぜ」
「うん」
音羽はヘルメットと手袋を纏めて後ろに積むと、そのままバイクに乗ってこの場を去って行く。自警団が現場を訪れた際には、既に誰もいなくなっているのだった。
あの場を離れた音羽はとある丘に来ていた。ここは街や学園が見下ろせる絶景が見える場所で、音羽のお気に入りだった。夕暮れどきを過ぎると誰もいなくなり、静かに過ごすことが出来る。
音羽は誰かと騒ぐのが好きだが、こうして静かな場所で落ち着くのも同じくらい好きだ。黄昏ている音羽に、レッドバットが頭を小突きながら忠告する。
「最近あいつらが出てくる頻度が増して来たな。こいつは、そろそろ本腰入れて調査とかしないと駄目っぽいぜ」
「うん……まぁ仕方ないよね」
音羽としてはこのまま平和に過ごしたいのだが、確かにスペイジョンが現れる頻度は増して来ている。自分に出来ることは限られているだろうが、そろそろ動き出さなくてはならないだろう。
細かい事は明日考える主義なので、それ以上は深く考えないことにして再び景色を眺める。高い場所から見下ろす夕方の街はどこか哀愁が漂っていて、見ているだけで心が落ち着いていくようだった。
そうして静かにしていた所を、レッドバットが厚かましく頼み込んできた。
「なぁ音羽。結局今日は引き損ねてた訳だし、一曲弾いてくれよ」
「ええー、私弾きたい時にしか弾かない主義なんだけど」
「じゃあ今弾いてくれよ。ほら、俺とお前が出会ってそろそろ一年だろ?」
そう言われて、音羽は目を点にして呆けた。全く気にしてなかったが、言われてみればそうである。
そんなに頻繁に戦っていた訳ではないからか気づかなかったが、確かに去年の今頃にレッドバットと初めて出会ったのだ。まだ入学したてで慌ただしかった時期の出来事だから他の記憶と紛れてごちゃごちゃになっていたのだろう。
それから今までの一年間、家族として過ごして来た日々の事を思うと何とも不思議な気分だ。
もっともレッドバットが自分の事をどう思っているかは分からないが、まぁここで一曲弾いてあげる義理はあるだろう。
「しょうがないな。じゃあ耳の穴広げて良く聞くように」
「広がんねぇよ」
レッドバットの突っ込みを無視しながら音羽はケースを取り出した。昼休みのナンパで開けようとして時間が掛かったあのケース。中にはバイオリンが入っていた。
バイオリンと弓を取り出して構えると、音がちゃんと出るか少し弾いて確認する。問題ないと判断した音羽は、目を閉じて演奏を始めた。
音羽の奏でる音色は、夕暮れの風に乗って周囲に響き渡る。穏やかながら心に留まり、一転して嵐のような激しさを心に与えて去って行くような演奏を、レッドバットは黙って聞いていた。
それを聞くのはレッドバット一匹だけではない。演奏している音羽自身も、自分が奏でる音を通じてバイオリンの心を感じ取るのだ。
日が完全に落ちるまで、音羽の演奏は静かに続けられるのだった。