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花とナイフ  作者: 玉緒
第三章 感染
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第三十九話 姫の真心、狗の恋心(1)

 


 富士白第二ビルの正面玄関で華絵を出迎えたのは、明るい巻き毛を肩に垂らした美しい女性だった。

 どこかで見たことがあるなと思った瞬間、あちらから「お久しぶりです」と声をかけられ、思い出せないままに華絵も会釈を返す。


 そんな二人のやり取りを見もせずに、相変わらず携帯電話を耳に当てたままの修平を乗せた車は颯爽と去っていった。

 たったの一言もない婚約者らしき彼の冷たい振る舞いに少しだけ驚きながら、華絵は遠くなっていく車を見つめ、それから隣にいるレンと正面に立つ女性を交互に見やる。


「華絵様のお世話を仰せつかりました久々宮宝良くぐみやたからと申します。花咲きの庭で少しだけお会いしたの、覚えていらっしゃいますか?」


 戸惑う少女にニコリと微笑んだ宝良は、そう言って華絵の両手を握りしめる。

 言われてみれば、あの戦場で彼女を見かけた気がする。はっきりとは思い出せないが。

 

「レン様、華絵様のことはお任せください。それより、国枝が待っていますよ。それから阿久津も。ああそれから、あなたが放り出したお仕事もたくさん」


 嫌味ったらしく告げられた言葉に「分かりました」と頷いたレンは、最後にもう一度華絵と視線を交わし、少女が頷くのを見てから慣れた様子でビル内の奥へと消えていってしまう。


 そうやって修平やレンの姿が見えなくなると、華絵は長い溜息をついて、いつの間にか無意識に力が入っていた肩を下ろす。その姿を見て宝良がフッと微笑んだ。ちょっと意地悪そうな、中々妖艶な笑みだった。


「心中お察ししますわ華絵様。さぞ息つく間もなかったでしょう」

「……そう、なんでしょうか」

「ええ間違いなく。やっと解放されたって顔してますもの」

「…………」


 言われて華絵が両手を頬に押し当てる。そんなつもりは微塵もなかったが、そう見えただろうか。


 それから宝良は華絵の手を引きビルの中へ進むと、前回華絵が宿泊した病室のような白い部屋ではなく、女の子らしい家具が揃えられた幾分華やかな部屋へ彼女を案内した。


「私がビルに泊まり込む時に使ってる部屋です。内緒だけど、カメラはダミーのビデオを流してもらってるから、気にしなくても大丈夫ですよ」


 ごく自然にそんなふうに語る宝良を、華絵がぎょっとした目つきで見つめると、彼女はおかしそうにケラケラ笑う。


「びっくりしました? そりゃ私だって楔姫だもの。監視カメラとは長い付き合いなのよ。ビデオはハクに撮影してもらって、毎回差し替えてるの。華絵様が宿泊する予定のここ数日分は、ハクにかつらを被せてもう撮影済みだから、安心して過ごしてくださいね」

「……バ、バレませんでしょうか」

「大丈夫よ。大体あいつらそんな事細かに見てないと思うし。それにバレていたとしても、そんなことで武永様がお怒りになるとは思えないわ。私はあなたと違って、……ううん、私は里で一番自由を与えられた楔姫なの。そういう教育方針なのよ。ラッキーなことにね」

「……」

「まぁ、この家に生まれた時点で、不運なのは変わりないけど」


 そう言って、宝良が花柄のシーツが敷かれたベッドに腰を下ろし、その隣を手で叩く。

 促されるようにして華絵が隣に腰を下ろせば、彼女はひどく声を潜めて下を向きながら囁いた。


「伊津乃の家で、聞いたんでしょう」

「……え」


 つられて華絵も、囁くように返す。


「茜様の話。私も、かなり前に彼女から連絡を受けたの。内々に」

「…………」

「私は断ったわ。自分の身も、ハクの身も危険に晒すことになる。言ってる意味、伝わりますか?」

「……はい」


 打って変わって慎重な声色の宝良に、華絵も神妙な声で答える。


「あの時あなたはまだ記憶がなくて、茜様はあなたを蚊帳の外に置いたまま、全国の楔姫と秘密裏に連絡を取ろうとしていたの」

「全国の?」

「そうよ。狗の務めの都合で全国に散らばっているけれど、楔姫は全員で10人いるの。狗も同じ数いるわ。茜様はその中で信頼の置ける姫にだけこの話を持ちかけたそうよ。賛同した楔姫は少なくて、話は何度も立ち消えになった。でも、あなたが乗るというのなら話は変わってくるでしょうね。あなたが茜様と手を組むということは、狗の頭首であるレン様と、単純な力量で言えば五指に入るキラが手を組むということよ。そうなれば数名の楔姫が鞍替えするかもしれない。あなた次第で、私も考えを改めないといけないわ」

「……茜さんは、何をするつもりなんでしょうか」

「詳しい話は教えてくれなかったの。多分私が乗り気じゃなかったからだわ。ただ、それなりの策があるような話しぶりだった」


 それなりの策。

 華絵も、茜の様子を見てそんなふうに感じた。

 万全の準備を施しているのだと、言いたげな様子だった。


「でも一族を根絶やしって、あまりにも漠然としていて……」

「しっ!」


 人差し指を唇に当てて、宝良が目を細める。

 

「発言には気をつけて。カメラがなくたって、誰が耳をそばだてているか分からないから」

「ご、ごめんなさい」

「いいの。私こそ本家の姫君に、偉そうに喋ってごめんなさい。昔からあなたを知っているから、いつまでたっても小さな女の子のような気がしてしまって」

「私のことを……?」

「ええ。私は外の学校に通わせてもらっていたけれど、たまに帰郷すると里の子供に混じってはしゃぐあなたをよく見かけたわ」

「……そうだったんですね。ごめんなさい。私ってば、忘れてしまっていて」

「ちっちゃい時の記憶なんて忘れちゃって当然よ。それに、歳の差もあってあまり一緒に遊んであげられなかったし、印象が薄くて当然だわ」


 唇の片方を持ち上げてニッと微笑んだ彼女を見て、華絵も安堵したように微笑んだ。

 宝良の言うように、華絵が宝良のことを思い出せないのは、記憶障害のせいではなく、きっとあまり縁がなかったせいなのだろう。

 外の世界で自由に育てられた宝良と、里の中で監視されながら育った華絵。

 それでも同じ楔姫として、同じ立場の者として、言葉はなくとも分かり合えるような気がした。

 この不思議な仲間意識は、初めて茜と対面した時も感じたように思う。


「私は華絵様のことをよく知っているわ。あなたはいつだって皆から注目されていたのよ。それを本人には決して気付かれないように、一挙手一投足を観察されていたの。大変そうだなって、私、あの時は他人事のように感じてた」

「……大変、だったんでしょうか」

「そうよ。私は自由でラッキーだったなって思った。ずっとそう思ってた。茜様から、あの話を聞くまではね」

「…………」

「どうして私にこんな話を教えたのかって、茜様を恨んだりもしたわ。知らなきゃ、悩むこともなかったのに」

「そう、ですね」


 でも、知ってしまった以上、聞かなかったふりは出来ない。

 どうしても出来なかったから、宝良も今、迷いに迷い続けた末、華絵に打ち明けてくれたのだろうか。


「ありがとう、宝良さん。私に話をしてくれて」

「いいえ。私は基本的には自分とハクの幸せを追求しながら生きていくっていうのが信条なの。そのために、あなたの考えも重要だったってだけ」


 あけすけな物言いに華絵が笑いを零す。

 自分の幸せの追求。自分と狗の幸せのため。


 そんなふうに考えたことはなかった。


 華絵はただ自分の人生を生きたいと思っていて、レンは、どんな形であれ華絵に生きていて欲しいと思っている。それは一見似ているように思えるけれど、わずかに噛み合っていない。


 そのズレが亀裂となって、今の華絵とレンの願いは決定的に隔たれた気がしている。


「私の幸せって……なんだろう」


 華絵がぽつりと漏らした言葉に、宝良がうーんと唸りながら天井を見上げた。


「私からはなんとも言えない。それはあなたが自分で見つけるものだから」

「……そうですね」

「でも忘れないで。どんな決断をするにせよ、狗は同じ道を選ばざるをえないってこと」

「…………」

「レン様がそれを望まなくたって、彼はあなたの道連れになってしまうということを」

「……道連れ」

「彼らは、そういう可哀想な生き物なんだってこと、忘れないであげて……」


 

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