私たちとよく似た人
「あんた、このあいだの日曜日にマルイにいたでしょ?」
さも親しくない友人から声をかけられて私は、またか、とうんざりした気持ちを押し隠した。
「日曜日? サエたちと映画に行ってたらマルイには行ってないよ。サエに訊いてみなよ」
「えー、絶対にあんただと思ったんだけどなぁ」
日曜日にどこにいようとお前には関係ないじゃないか、と思いながら私は笑顔で答えた。私にはそっくりさんという奴がいる。高校時代もよくそれでトラブルに巻き込まれたものだ。
「俺という彼氏がいながらなんだ、アイツは」
「あんたって学校では地味なのに外じゃあんな派手な格好してるのね」
こういう人々にそれは私ではなく違う人だ、と説明するのは難しい。なにせ、人は見たいものしか見ない。見たくないものは梃子でも見ないし、見たとしても信じてくれない。おかげで私はこんがらがった結び目を一つずつ解くような作業をしなければならない。
大学に入った今では、もう半ば諦めている。説明できる分は説明するけど、言う事を聞かないなら放置する。こうでもしないとキリがないのだ。毎日どこかで私によく似た人の目撃者は増える。そのすべてに説明することはできない。
そんなことを考えながら、少し遅めのランチをとろうと学食に行くと、既に先客がいた。
サエである。
サエは大学に入ってからできた友人である。サークルが同じこともあり何かと世話を焼いてくれるのだが、お節介すぎてたまに鬱陶しいときがある。サエが学食の入口でキョロキョロしている私を見つけると大きく手を振った。
正直、目立つので止めてほしい。見つかってしまった以上、行かなければならない。私は日替わり定食の食券を買うと、サエのいるテーブルに腰をかけた。
「なににしたの?」
「日替わり定食」
「あんた、好きよね。日替わり定食。いつもそうじゃない?」
「そう? 値段一緒で毎日違うもの食べられるんだよ。お得じゃない?」
私が日替わり定食を選ぶのは、何を食べようかと毎日悩むのが面倒だからだ。幸い、好き嫌いはない。しいて言えば人参だが、食べられないというほどのものでもない。もう、無理というのは高い所くらいだろう。
子供の頃、ジャングルジムから落ちたせいか、高いところが苦手なのである。いわゆる高所恐怖症というやつだ。おかげで、修学旅行の東京タワー見学は、お化け屋敷よりも怖い思いができた。
「あんたねぇ、払ってる金額なんて全部一緒なんだから好きなもん食べればいいのよ」
サエが呆れたように私を見る。サエはといえば今日もハンバーグ定食だ。私からすればよく毎日飽きもせず同じ定食ばかり食べられるものだと感心する。
「好きな定食が見つかったらそうするわ」
「あっ!」
突然、サエが大声を上げた。隣の席の男女がはっとこちらを見る。居心地が悪い。
「なに? どうしたの?」
「好きなもので思い出したんだけど、あんた、いつからおじさん趣味になったの?」
「えっ?」
私は目を白黒させて驚いた。私にはそんな中年趣味はない。あるとすればあの子だ。
「えっ? じゃないわよ。昨日、なんか渋い感じのオジ様と手を組んで歩いてるの見たよ。イケメンがいいって言ってたのにオジ様もいけるんだ?」
「違う違う。それ、私じゃないよ」
「えー、ウソだ。あんたに見えなかったよ」
私はまたこれだ、と毒づきながらサエに携帯を差し出した。そこには私と私そっくりな女の子が写っている。
「なにこれ?」
サエが私と携帯に映る女の子を見比べながら言った。
「妹。しかも一卵性双生児。似すぎてて嫌になる」
「うわぁー、こりゃ驚いたわ。一卵性ってこんなにそっくりなんだ? ドンびくレベルだわ」
「これでわかったでしょ? 私じゃないって」
もう何度となく使った説明方法である。私と妹が揃っている写真を見せると大体の人は納得する。しかし、説明するたびに妹と撮ったツーショット写真を見せるというのは、どうにも恥ずかしい。
「ごめんね。もうてっきりあんただと思い込んでたわ。でもいいよね。あんたの妹、このあとスカイレストランで食事とか言ってたわよ」
「へぇ、良いもん食べてるよね」
私は他人事のように呟いた。スカイレストランは駅前の高級レストランで、豪華ディナーをウリにしている。一度はいってみたいところだが、貧乏な私には縁がない場所である。
「あ、もう次の講義の時間だ。じゃ、行くね。あんたも単位落とさないようにしなさいよ」
お節介なセリフを残してサエが慌ただしく食堂から出ていく。私はそんなサエを見送ると小さくため息をついた。
帰宅後、私は妹に文句を言った。
「あんた、またどこぞのおっさんと歩いてたでしょ? やめてよね。私までおじさん趣味に思われるんだから」
妹は心外だというばかりに顔をしかめた。なまじ同じ顔なので鏡を見ているような気分になる。
「いいじゃん。オジ様、大人の余裕だよ。心も懐も」
「どこがいいのよ?」
「ガツガツしてない。欲しいもの買ってくれる。優しい。どこに否定的な要素があるの?」
「あー、やっぱりあんたとは合わないわ」
「双子なのにどうしてだろうね?」
容姿はまったく同じといっていい私たちだが、性格や趣味は全く違う。好き嫌いのない私に対して、妹は恐ろしいほどの偏食家である。また、男性の趣味も私が面食いのであるのに対して、妹は顔よりも性格と懐具合を優先させる。なぜ、こんなに違ってしまったのか?
「あっ、そういえばあんた。スカイレストラン行ったんだって? どうだった?」
「何言ってんの? お姉ちゃん。私、高所恐怖症だよ。あんな高いところいったら死んじゃうよ」
妹が怪訝な顔を私に向ける。
食事代ばかり気にしていて気づかなかったが、スカイレストランは「地上五十メートルで食べる豪華ディナー」をウリにしている。そして、私たちは高所恐怖症なのである。子供の頃、ふたり揃ってジャングルジムから落ちたのである。
では、スカイレストランに行ったのは誰なのか?
もしかして……。
「もうひとりいる?」
「もうひとりいる?」
『もうひとりいるよ』
よく街中で友人のソックリさんに出会います。
それを本人にするたびに否定されるのですが、やっぱり世の中には三人くらいそっくりさんがいるのでしょうか?