モシモシ、
この小説は夏ホラー2007参加作品です。
「夏ホラー2007」で検索すると他の先生方の作品も読むことが出来ますので、是非涼しくなってみてください。
1人ぼっちのさみしい夕べ 私はあなたに電話をかける
あなたの返事が聞こえたら 2人で過ごそうこの時間
まだかな まだかな
呼び出す電話 3(み)つめる眼
*
窓の向こうから届く虫の声をかき消すように、空気にぱたぱたと下敷で扇ぐ音を重ねながら、都萌は放課後のお喋りに耳を傾けていた。
「電話が切れた後の、ツー、ツーって音、あるでしょ? あれを13回聞くと、ぶつって音がして、繋がるんだってさ」
和泉の口から紡がれる、怪しげな都市伝説。それを聞いた彼女は、ついつい眉をひそめずにはいられない。
「繋がるって……どこに?」
「さあ?」
和泉はあっさりと、おどけたように肩をすくめてとぼける。
「モシモシ、って声がするんだって。それに答えたらもうダメ。連れて行かれちゃうらしいよ」
だから、連れて行かれるってどこに、と突っ込みたくなるが、のれんに腕押しだ。はあ、と都萌はため息をつき、それを突っ込みに代えた。
和泉はこういう都市伝説の話が大好きだ。それも、『〜がどこかへ連れて行ってしまう』系統のものが。
「うわっ、やだなーそういう話。でもちょっと面白そう」
怖いといいつつ、にやにやと笑う淳の隣で、眼鏡の少女が顔をひきつらせた。
それを見た淳が、頼子はこういうの全然だめだもんな、とまた笑う。
良く笑う淳と、引っ込み思案な頼子。
まるで対称的で性別も違うが、よくみると二つの顔はよく似ている。
二人は双子なのだ。
そして、依存関係にある。
ただし、それは共依存ではなく頼子の一方通行で、淳に頼子がくっついている、という表現が一番正しい。頼子は淳がいないと何も出来ないのだ。
「大丈夫だって、頼子。こんなのただの都市伝説だろ?」
淳にそう言われて、ようやく頼子はこくん、と小さく頷いた。
対する都萌は、都市伝説だとかそういうたぐいの話をまったく信じていない。
影にひそむ幽霊といったものから、コックリさんや、トイレの花子さんのような有名どころまで。
全然。これっぽっちも。
*
電話がかかってきたのは、電話の都市伝説を話したその晩のことだった。
「もしもし……あ、淳」
「都萌ー? いや、別に大した用じゃないんだけどさ」
「うん、何?」
受け答えをしつつ、都萌は頭の奥がすっと冷たくなっていくのを感じた。
淳は試そうとしている。
「明日国語の漢字テストだろ? 範囲ってどこだっけ」
「なんだ、そんなことくらいならメールでも良かったのに」
「あ――。ええと、急ぎだったから」
やっぱり。都萌は確信する。この電話の内容に大した意味はない。意味があるのは、このあとだ。
電話が切れたあと。
「サンキュー都萌、助かった。――話変わるが、今日和泉が言ってた話、覚えてるか?」
「え?」
「いや、なんでもない。それじゃ。ありがとな」
そして、がちゃん、と電話が切れた。即座にツーツーツー、という音が続く。
淳も和泉と同様に、都市伝説のたぐいが大好きだ。ことに、その物語の中で禁忌とされている事柄を試すことが。
きっと、電話の向こうで淳は待っている。この音が13回目を迎えるのを。
ツー、ツー、ツー、ツー。
――どうする?
このまま電話を切ってしまっても構わない。どうする?
けれど、今更考えるまでもない。都萌の頭は既に数を数えていた。
10、11、12、――13。
――ぶつっ。
「!」
繋が、った……?
一体どこに。
呆然とする都萌をよそに、電話の向こうから響く無機質な声が空気を震わせる。
モシモシ。
ぞくっ、と背筋に悪寒が走る。
「――っ」
都萌は反射的に電話を切った。
呼吸が荒い。心臓が自分とは違う独自の人格を持ったかのように、好き勝手に跳ねまわる。
なんだいまのは。
モシモシ、という声が都萌の脳裏にこびりついて離れない。
電話を切って良かった、と都萌は胸を撫でおろした。もし、あのまま『声』に応えていたら。
和泉の言うとおりだとすると、どこかへ連れて行かれ――……
そこで、都萌は一つの事柄に思い当たった。
淳は?
淳は、電話を切っただろうか?
*
4(し)かたがないからかけ直す。
あなたが出るのは5(いつ)かしら?
今ごろ何を してるのかしら
6(む)りしてないといいけれど。
*
翌日の朝。教室に入った都萌は真っ先に淳の姿を探した。
自分が無事だったのだから、淳もきっと大丈夫だ、と都萌は昨夜から自分に言い聞かせてきた。けれど、淳の姿を自分自身の目で見るまでは安心出来ない。ただ、あのモシモシという声と悪い想像が都萌の頭をめぐるだけだ。
教室に溢れかえるクラスメイトの顔をチェックする。いない。机は? いない。
ということは、単にまだ学校に来ていないのだろうか。都萌は緊張の面持ちをとかない。
「わっ!」
「わあっ!?」
突如、大きな声と共に勢い良く背中を押され、都萌はすっとんきょうな声を出す。
そして振り向き、自分の背中を押した相手の顔を見て――都萌は安堵のため息をついた。
「淳……」
「よっ」
淳は普段と変わりなく見えた。しかし昨日あまり寝ていないのか、眠そうな顔をしている。
そんな淳の目をじっと見つめ、都萌は喉から声を絞り出すようにしてその疑問を口にした。
「淳……。電話、繋がった……?」
びくりとわずかに震えた肩から、淳が動揺したのが見てとれた。
「繋がるって、どこに……」
「わからない。でも、確かにモシモシって声がした」
「!」
淳の動揺が誰にでも一目でわかるほどに広がる。
「都萌、も?」
淳の疑問に、都萌は頷いてみせた。
「ちゃんと電話、切った?」
だが、二人の会話は近寄ってきた第三者によって遮られた。
「おはよう、都萌ちゃん」
そう都萌に声をかけ、さっさと淳の隣に移動する眼鏡の少女。頼子だった。
「ああ……おはよう」
「何の話してるの?」
「えーと、昨日和泉が言ってた都市伝説の話」
別に嘘というわけではない。二人の試した都市伝説が、昨日和泉から聞いたものであることに変わりはないのだから。
「怖いよね、あれ……。ホントにありそうで」
頼子の呟きに、淳と都萌ははっとした。
そうだ。あの話は都市伝説なんだ。ただの噂話。
今までも淳は好奇心でたくさんの都市伝説を試してきた。
合わせ鏡、コックリさん、果ては異界に連れて行くと言われる少女を呼び出す儀式。
中には都萌も誘われて一緒にやったものもたくさんある。
それでも、今まで一度だって何か大変なことが起ったことはなかった。
けれど、噂や伝説と名の付く物語が全て虚構であるとは限らない。
*
7(な)みだをかわかそ、夜風にあたり
8(や)っぱりひとりはさみしくて
9(く)るしいけれど あなたはいない
*
電話の音を聞いた都萌の心臓がどくんと跳ねる。 あれ以来、都萌は家に自分以外の人がいるときの他は留守電に設定し、どうしても必要な時以外はなるべく電話を取らないようにしていた。
――モシモシ、モシモシ
同じ電話が、一日に何度もかかってくる。
それも、狙ったように都萌が家にいるときだけ。モシモシ、という台詞以外は何も喋らない。
待ってるんだ。
都萌は直感的にそれがわかった。
『声』はきっと、都萌が電話をとって返事をするのを待っている。
あの時聞いたのと同じ、モシモシという生気のまるで感じられない声を聞く度に、都萌は内側から心臓をぎゅ、と鷲掴みにされたかのように、胸から黒い寒心が広がるのだった。
――でも大丈夫。まだ耐えられる。
都萌は気丈に電話の音から耳をふさぐ。
ようは電話をとらなければいいだけなのだ。この音と声さえ我慢すれば、大丈夫。
がちゃ。
「!?」
不可解なその音と共に電話の音が止まる。
とても不可解な――まるで、電話の受話器をとった時のような。
都萌は振り返り、思いきって電話に視線を向けた。
そして、都萌はその場に凍りつく。
受話器が外れている。
電話には触れるどころか、近寄ってすらいないのにも関わらず。
大きく息を吸い込んだ都萌は、開きかけたその口をあわてて両手でふさぐ。
今声を出してはいけない。
叫び出したくなるのを必死で堪えた。
堪えろ堪えろ、声を殺せ息を殺せ。今の都萌には、それしかなかった。何故受話器が上がっているかなんて考えない。考えたくもない。
そうして、恐る恐る都萌は電話に近寄り、ほとんど叩きつけるようにして受話器を元にもどし、電話を切った。
素早く電話から距離をとり、はじめて都萌は声を出す。
運悪く両親は今日仕事が遅く、家には自分一人。もうとっくになれたはずの、家に一人という状況が、突然とてつもない恐怖となって都萌を襲う。
誰かの声を聞きたい。和泉でも、淳でも頼子でもいい。
けれど、今の都萌に電話は使えない。
その時都萌は、まるで世界から切り離されてしまったかのような、言い様のない孤独を感じた。
*
10(と)にかく電話を かけてみる
11(いい)かげんにしようと思うけど
いっかい声が 聞きたくて
12時ぼんと、鐘が鳴る
受話器を手に取り ボタンを押して
かける かける
電話をかける
*
「都萌? どうかした?」
和泉の心配そうな声。きっと都萌は、よっぽど酷い顔をしていたのだろう。
だが、都萌は昨日の件に、すっかりまいってしまっていた。和泉の声を聞くだけで、泣き出してしまいそうになるほどに。
「……あの電話の都市伝説、続きってある?」
「この前の? 知らないなあ。多分ないと思うけど」
「電話に出ちゃったら、どこに連れて行かれるんだろう」
それが絶望的でもなんでもいい。何か答えが欲しかった。これ以上見えない先の事象に怯えたくはない。
さすがに雰囲気がおかしいと思ったのか、和泉は都萌のうつ向き気味の顔を覗きこむ。
「都萌、まさか」
「どうしよう。どうしよう、私と淳、試して……」
コップの縁まで溜った水が溢れ出るように。都萌は全てをはき出した。
それにつられて淳も口を開き、その話は頼子を含む四人の共有するものとなった。
「都市伝説を試すのは禁止されてたのに……」
非難するように、頼子は淳を見る。
以前、異界に連れて行ってしまうといわれる少女を呼び出すという、大がかりな儀式を試した際に、蝋燭やら線香やらで部屋を滅茶苦茶にしてしまったので、淳の好奇心もさすがに親にとがめられたのだ。
淳はばつが悪そうに視線をそらす。結局、親の小言程度では反省していなかったということか。
都萌はふっと息をつく。全部話したらなんだか少し楽になった。
虫の囁きが耳に入る。
そういえば今は夏なのだった。ここ数日暑さを感じる暇もなかったので、そんな当たり前のことすら忘れていた。
近くに、遠くに語りかけているかのような、リーリー、という音。
久方ぶりにその音を味わいながら、都萌は心中でいぶかしげに眉を寄せた。
何かに似ている。
一体何に?
リーリー。近くに遠くに。自分の意思を伝え。相手の声を聞き。
そう、これはまるで――。
「電話みたいだよね」
ぽつり、と呟くように発せられたその声は、しかし都萌の身をすくませるには十分だった。ふう、と耳の近くから息を吹きかけられた時の様な心地で、都萌は目を瞑り、手で耳をぎゅっと押さえて音を防ぐ。
今の言葉を言ったのは誰? いや、そんなことはすでにどうでもいい。
一度その音を電話のようだと認識してしまうと、もう止まらない。
さっきまで心地よく響いていた虫の声も、現在の都萌には電話の呼び出し音だとしか思えないのだ。
モ
シ
モ
シ
ぱちん、と世界が弾ける。
*
けれどもすでに13(いみ)がない
なぜならあなたはもう出ない。
*
暗い。
もし闇に深度があったなら、きっとここはその最下層だろう。
「誰か! 誰かいないか?」
淳の声。都萌は少し安心して、返事をする。
「都萌? ここは一体……」
もしかしてここが『電話の向こう』なのだろうか、と都萌は考える。とうとう自分は『声』に答えてしまったのだろうかと。
ここはあの『声』と同じように無機質で、冷たくて、寒い。かろうじて淳の声が聞こえるが、それでも、自分の姿すら見ることのできない暗闇だ。いや、もしかしたら、もう自分は魂だけになってしまっていて、身体なんて既に無いのかもしれない。闇のほかには何もない。とても、とても寂しいところだ。
二人は出口を求めてしばらく歩いた。見えない光を探して、闇の底を泳いでいく。
何時間も歩いていたかもしれないし、ほんの数分だったかもしれない時間が過ぎた後、淳がぽつりと呟いた。
「俺たち、出られるよな?」
「え……」
都萌自身、その可能性を何度も思い描いては努力して振り払ってきた。だが、他人の口から改めてそれを聞くと、言葉は比べ物にならないくらいの重さを持って都萌にのしかかってくる。
「やめてよ、そういうこと言うの。きっといつか出られる。ここなら電話の音も聞こえないし……」
電話の音と『声』が聞こえてこない。それはこの闇の海に来てから、都萌が唯一良かったと思えることだった。
「そうだな……」
淳が安心しかけたその瞬間。
「っ!?」
けたたましい音が闇の中に鳴り響く。
携帯の着信音。
淳は電源ボタンを押して電話を切ろうとするが、着信音は鳴り止まない。
「くそ! 止まれ! 止まれよ!」
がちがちがち、とボタンを連打する音が混ざる。
そんな淳をまったく気にしていないかのように、携帯は気ままに音をはきだし、曲の後ろまでいって、もう一度頭に戻ろうとし――。
ぶつり、と音がする。
「繋がるなあああああああ」
声を出すな、と淳に警告しようとしたが、都萌の叫びは声にならない。
ずるり、と淳のいた辺りの空間が歪む。次第に小さくなっていく叫び声。
ぽっかりと。闇の中に穴が開いた。
後に遺されたのは莫大な喪失感のみ。都萌はその場にぺたん、と膝をつく。
「あ……」
指先が淳の携帯に触れた。
この携帯は今にきっと鳴り出す。そして、自分もどこかへ消えてしまうのだろう。今いる昏い闇の海はまだ只の乗換駅であって、終点ではないのだ。
どうしてあんなことをしてしまったんだろう。もし時間が戻せるなら、あの日の晩に戻りたい。そして、いつもの仲良し三人組に戻りたい。
――三人?
都萌の脳が、ゆっくりと、だが確実に覚醒していく。
違う。自分が戻るべきは、あの日の晩じゃない。もっと前。間違いならとうに犯していたのだ。ただ、それに気づいていなかっただけで。
「そうだよね、」
そして、都萌はこの空間の主の名を告げた。
*
都萌は瞼を開いた。
眩い光が瞳を刺す。眼前に広がるのはもう、あの深い闇じゃない。蛍光灯の明かりと大量の机と椅子、そして黒板。いつもの教室だ。
「都萌!」
現状を把握しようとした矢先、都萌は突然正面から肩を掴まれた。
「淳は? 淳はどこ?」
頼子が普段見せない凄い剣幕で都萌を睨みつけている。頼子の依存症。これは言わば禁断症状とでもいうのだろうか。双子の兄である淳がいなくなってしまったことに対する。
「淳は……」
今の頼子に淳の最後を教えてしまってもいいのだろうか。都萌が言い淀んでいると、何かが閃いたのか、頼子は都萌の肩から手を離した。
「そうだ、電話すればいい」
「!」
「淳は携帯を持ってたから。それにかければいい」
頼子はポケットから自らの携帯を取り出し、素早く番号を押して、通話ボタンを押す。
おかけになった電話番号は、現在、使われておりません。
「なんで……番号は間違ってない……」
頼子は何度も何度も電話をかけ直すが、闇の底に放り出された携帯電話に繋がる筈もなく。 やがて、ツーツーツーという音が目立つようになった。
ツー、ツー、ツー、ツー、ツー……ぶつっ。
13回目の電車音の後。
何処かに、繋がった。
「モシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシ」
狂ったように、頼子は電話に向かってまくしたてる。
都萌の時と違って、電話の向こうはしんと静かだ。
頼子、と呼び掛けようとした時、電話の向こうの『声』が応えた。「はい」と、たった一言。
頼子の顔にみるみる笑みが広がっていく。
「やっと繋がったあ」
憑き物が落ちたかのような晴れ晴れとした顔で頼子はそう言って――。
ごう、と強い風が吹いた。
まともに顔にぶつかってくる風に、思わず都萌は目を瞑る。
そして再び目を開けると、その場には頼子の眼鏡と携帯電話だけが落ちていた。
たった、一瞬の出来事。
頼子は――淳に会えるだろうか。
「和泉」
「何?」
和泉はけろりとした口調で応える。都萌はそんな和泉と目を合わせて、そして、言った。
「あなたは都市伝説だよね」
「……」
「都市伝説の、『異界に連れて行ってしまうといわれる少女』なんでしょう?」
それは、淳と都萌が以前試した都市伝説だった。ある儀式を行うと、少女が現れ、異界へ連れて行ってしまうという。
あのとき、二人が好奇心にまかせて行った儀式は、失敗したのだと誰もが思っていた。または、そんな都市伝説は虚構でしかなかったのだと。
けれど、その都市伝説は本物で、二人の儀式は成功していたのだ。
「そうだよ」
都萌の立っている位置からは光の加減で和泉の顔が見えず、彼女が現在どんな表情をしているのかはわからない。
「どうして、電話の都市伝説を使うなんて、ややこしい真似をしたの?」
「私たち都市伝説は語られていくものだから……。異界に連れて行く前に、なるべくたくさんの都市伝説を語っておくことにしたの。だって、会ってすぐ向こうに連れて行ったら、誰も語り継ぐ人がいなくなってしまうでしょう?」
まあ、もうあなたしか残っていないけど、とはあえて付け足さなかった。
「淳と頼子は、どうなるの?」
「さあ……。それはわからない。もしかしたら私みたいに都市伝説そのものになるかもしれないし、物語の一部として組み込まれるかもしれない。ただ消えていくという可能性もあるけど」
和泉はちらりと横目で都萌を見ると、「都市伝説は」と言った。
「試さない方がいいよ」
そうして、和泉は教室を出て行く。
放課後の静かな廊下に響いていた足音は、やがて都萌の耳に聞こえなくなった。いや、きっともう二度とその靴音を聞くことはないのだろう。
――ああ。
独りになった都萌は、床に落ちている頼子の携帯を拾い上げる。けれど、一体どこに電話をかけるというんだろう。
結局、人は皆独りが怖い。独りが寂しい。だから電話をかける。
モシモシ、誰か、いませんか。
そして既に切れてしまった電話の音が虚しく耳に響くのを聞きながら、もう一度繋がりはしないだろうかと微かな希望を抱く。
その隙を、『彼ら』は見逃さない。
いや、でも――。
都萌はあの冷たい闇の底を瞼の裏に思い出す。
もしかすると、彼らもまた、寂しいのかもしれない。
ツー、ツー、ツー、ツー、ツー
――ぶつっ。